第六章(1/7)
(まさか、こんなすぐ見つかるとは……)
面倒くさがりにもほどがあるだろう。蔵を出た途端に青衣を発見したことに、夜彦は嬉しいような呆れてしまうような複雑な気分になっていた。
だが、一番重要なのは白羽を助けることである。その為には、青衣たちのストレスを解消して、蔵まで連れ戻さなくてはならない。
だから、ブルーシートの上で横になる青衣に、夜彦は尋ねるのだった。
「どうした? 眠いのか?」
「…………」
「退屈なら、ゲームでもやるか?」
「…………」
「せめて返事くらいしてくれ」
見つけるまでは一瞬でも、連れ戻すのはそう簡単にはいかないようだった。夜彦は怒鳴りたくなるのをこらえながらもう一度尋ねる。
「眠いのか?」
「眠い」
「分かったから、家の中に行こうな。こんなとこで寝たら風邪引くぞ」
夜彦はそう言うと、青衣の前でしゃがみ込む。もういちいち「おんぶ」と、彼女に催促されるまでもなかった。
「着いたぞ」
白羽の部屋のベッドの前まで来ると、夜彦はそう声を掛ける。
しかし、どういう訳か、青衣はなかなか背中から降りようとしなかった。怠け者とはいえ、楽をする時の手間は惜しまないはずなのだが……
「おーい」
改めて呼びかけてみたが、やはり青衣が降りる気配はなかった。それどころか、返事さえしてくれない。
「おい、もう寝たのか?」
「夜彦、うるさい、寝れない」
「早く降りろよ」
不機嫌そうに答える青衣に、怒りたいのはこっちだと夜彦は眉根を寄せていた。
青衣は相変わらずのろのろとした動きで背中から降りると、同じようにまたのろのろとした動きで布団に入った。ベッドで寝るだけのことがまるで重労働である。
しかも、それで青衣はすぐに眠るわけではなかった。
「夜彦」
「何だよ?」
「夜彦も」
そう言って、青衣は気だるげに布団を叩く。
あたかも、自分の隣のスペースを示すようなジェスチャーだった。
「……もしかして、俺も一緒に寝ろって?」
「そう」
「いや、何でだよ」
まさか、そういう意味で、「寝たい」のだろうか。眠そうな表情を見る限り、本来の意味で寝たいのだと思うが……
青衣の爆弾発言の理由はすぐに分かった。
「今日、寒い。寒いと、寝れない」
「ああ、それでか。だから、さっきもなかなか降りようとしなかったんだな」
「そういう、こと」
まるきり湯たんぽ扱いだったから、夜彦は呆れてしまう。もっとも、少し安心したようなガッカリしたような気持ちもあったが。
「布団が暖まるまででもいいか?」
「いい」
赤音や黄希たちを探しに行きたいから、青衣にだけ構っているわけにもいかない。返事を聞いて、夜彦はホッとする。
しかし、青衣にはまだ頼みたいことがあったから、すぐにまた緊張の面持ちになっていた。
「あと、起きたらでいいから、蔵まで戻って欲しいんだけど」
「無理」
即答だった。
「あ、え、嫌なのか?」
「無理」
「…………」
「無理」
何かやりたいことでもあるのか。青衣といえば、やはりゲームか。
それとも、まさか面倒くさがりだけに、蔵に戻ることさえ面倒なのだろうか。それなら、白羽は一生あのまま目を覚まさずに……
一瞬そう絶望しかけたが、夜彦はすぐに考え直す。
「俺がおんぶしてやるから」
「なら、いい」
「お前なぁ……」
部屋から蔵までは、50メートルもないだろう。その程度の距離すら歩きたがらない青衣に、夜彦は二の句が継げなくなってしまった。
一方、青衣は青衣で、夜彦の言動が不満のようだった。話はもう済んだとばかりに、もう一度布団を叩く。
「夜彦、早く」
本人ではないとはいえ、白羽の一面との同衾である。また、寝る場所も彼女のベッドだった。いろいろな意味で、白羽に悪い気がする。
だが、白羽を助ける為には、青衣を満足させるしかないのだ。
「分かったよ」
白羽が目を覚ましたら、土下座でも何でもして謝ろう。そう諦めをつけて、夜彦も布団に入る。
すると、その瞬間にも、青衣は体をくっつけてきたのだった。
「ぬくい……」
嬉しそうに、青衣はそう呟く。
しかし、夜彦はむしろ暑いくらいだった。青衣の体が密着しているからではない。体が密着していることに、うろたえていたからである。
(……まぁ、眠くなるよりはいいか)
まだやることがあるから寝過ごすのはまずい。動揺から完全に目が冴えてしまった夜彦は、気を紛らわせようとそんなことを考える。
対照的に、青衣はリラックスしている様子だった。ついさっき夜彦が布団に入ったばかりだというのに、早くも寝息を立て始める。
(相変わらず、寝つきがいいな……)
また、相変わらず寝顔は穏やかで可愛らしかった。起きている時とは大違いである。
しかし、いつまでも見とれているわけにはいかない。彼女の睡眠を妨げないように、夜彦はそっと静かに体を起こす。
が、上手く立ち上がれなかった。
どうやら体をくっつけてきた時に、青衣は一緒に服のすそを握り締めていたらしい。
「おい。ちょっと離せよ、おい」
◇◇◇
なんとか青衣を引き剥がしたあと、夜彦は残りの三人を探しに行く。
(次はどこにいるか予想のつくあいつだな……)
白羽から抜け出た少女たちは、それぞれの欲求を満たそうとしているのだ。その点を踏まえて考えれば、彼女については行きそうな場所にあてがあった。
だから、夜彦はそこへ真っ直ぐに向かう。
(やっぱりか)
彼女は待ち構えるように、既に台所のテーブルに着いていた。
「夜彦さん、ご飯はまだですか?」
黄希は開口一番にそう尋ねてきたのだった。




