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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第五章 虹宮白羽と禁断の秘術
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第五章(5/5)

 虚ろな目を見開いたまま、白羽は微動だにせず、ただ静かに横たわる。その姿は人形か、あるいは死人のようだった。


 そんな彼女を前にして、夜彦はようやく一言搾り出す。


「……俺の術は失敗だったのか?」


「…………」


 深く考え込んだ末に、弥宵は口を開いた。


「これは推測に過ぎんが、むしろ成功したせいではないじゃろうか」


「どういうことだ?」


「白羽の症状は確かに悪魔憑きに似ておるが、変身した時に出てくるのは、あくまでもサタンではなく赤音、ベルゼブブではなく黄希じゃ。だから、たとえ七つの大罪の悪魔が関係しておるとしても、悪魔そのものが取り憑いとるわけではないのかもしれん」


 悪魔憑きではなく、悪魔憑きの一種・・ではないか。それは弥宵が何度も繰り返し主張していた解釈だった。


「そして、その為に、サタンなどの上級悪魔に効き目のある術は、白羽の症状に対しては効力が強過ぎた。結果、悪魔だけでなく、憤怒や暴食という欲求そのものが――赤音たちが白羽から抜け出てしまったんではないじゃろうか」


 この話を聞いて、夜彦は生気を失った白羽にもう一度目を落とす。


「それじゃあ、虹宮がこうなったのは、赤音たちが出ていったっていうか、欲がなくなったせいなのか?」


「おそらくはそうじゃろう」


 弥宵は考え深げにゆっくりと頷いた。


「七つの罪源とも訳す通り、七つの大罪は行き過ぎた欲求を戒めているだけで、欲求そのものを完全に否定しておるわけじゃない。食欲や睡眠欲があるから健康を保つことができる。怒りがあるから不正をただすことができる。むしろ、欲というのは生きていく上でなくてはならないものなんじゃ」


 夜彦は思わず息を飲む。もしかして、自分はとりかえしのつかないことをしてしまったのではないのだろうか。


「じゃあ、このままだと、虹宮は死ぬってことか」


「……その可能性は否定できんの」


 自分でも認めたくないのか、弥宵は渋い表情でそう答えた。


「点滴や睡眠薬でも使えば、命を長らえることはできるかもしれん。じゃが、今の状態から回復することはおそらくないじゃろう」


 後悔はいくらでもある。弥宵の忠告をしっかり守っておけば、白羽のわがままを聞かなければ、自分が術を使えるなどと言い出さなければ……


 だが、今はそうして悔やんでいる時間さえ惜しかった。


「……どうすればいい?」


「悪魔憑きに効く術を使った結果こうなったのじゃ。ならば、また赤音たちを取り憑かせれば、元の状態に戻るはずじゃろう。じゃから、まずは赤音たちをここに連れ戻すことじゃな」


 白羽を助ける方法があるらしいことに、夜彦はとりあえず安堵する。そして、それからすぐに、弥宵の言った方法について考え始めた。


「連れ戻すか……」


 白羽の体から飛び出すと、赤音たちはその勢いのままに走り去っていった。だから、連れ戻す必要があるのは分かるが――


「そもそも、何であいつらは蔵を出ていったんだ?」


「赤音たちは、簡単に言えば白羽の欲求そのものじゃからの。おそらく、それぞれの欲を満たしに行ったんじゃないじゃろうか。

 じゃから、ここに連れ戻すには、あの子たちのストレスや不満を解消してやらねばならんじゃろうな」


「…………」


 夜彦は口をつぐむ。赤音たちがどこに行ったのかすら分かっていないのだ。彼女たちを見つけた上で、さらに上手くストレスを解消できるのか不安で仕方なかった。


 そんな夜彦に、弥宵は明るく声を掛けてくる。


「なに、お前さんがいつもやっとることじゃ。そう難しいことではあるまい」


「……分かった」


 弥宵の励ましを聞いて、夜彦も覚悟を決める。どのみち白羽を助ける為にはやるしかないのだ。


 しかし、そうして夜彦が立ち上がりかけた時のことだった。


「待て」


 弥宵がそう呼び止めてくる。


「白羽から出てきた子らは何人おった?」


「えっ」


 予想外の質問だったから、夜彦は戸惑ってしまう。


 弥宵は一体何を言いたいのか。不思議に思いながら、もう一度あの時のことを振り返る。白羽の体から出てきたのは、ツインテールの赤音、スーパーロングの青衣、ショートカットの黄希、そしてウェーブヘアーの――


四人だ(・・・)! 四人いた(・・・・)!」


「やはり、そうか……」


 その発見に夜彦が叫んだのは当然として、弥宵も気重げな顔をしていた。


「俺たちの前に、まだ出てきてなかったやつがいたってことか」


「もしくは、最近白羽に芽生えた感情や欲求かもしれん」


 どちらの説にせよ、今回初めて接する相手であることには変わりない。はたして、多少は気心の知れた赤音たちと違って、初対面の彼女を自分が連れ戻せるだろうか。


「とはいえ、赤音たちと同様、あの子も白羽の一面には変わりないはずじゃ。お前さんならきっと大丈夫じゃろう」


 再び気弱になる夜彦を、弥宵はそう叱咤する。


「何かあった時の為に、白羽のそばにはわしがついておく。じゃから、お前さんは安心して赤音たちを探してこい」


「ああ、頼むよ」


 この場に自分しかいなかったら、白羽を助ける方法が分からなかったかもしれない。仮に分かったとしても、四人目のことを見落としていたかもしれない。たとえ見落とさなかったとしても、必ず連れ戻すという覚悟を持てなかったかもしれない。だから、弥宵の存在が夜彦には心強かった。


「それじゃあ、行ってくる」


 絶対に白羽を助けると、改めてそう決意を固めて蔵を出る。


 それだから、夜彦はずっこけそうになってしまった。


 拍子抜けするほどあっけなく、一人目が見つかったのだ。


 庭に広げたままになっていたブルーシートの上で、彼女は寝そべっていた。


「青衣か」

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