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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第五章 虹宮白羽と禁断の秘術
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第五章(1/5)

「強欲の反対が救恤で、暴食の反対が節制で、色欲の反対が純潔で……」


「そうなんですね」


「まぁ、諸説あるみたいだけどな」


 感心した様子で話を聞く白羽に、夜彦はそう言い足した。


 朝、バス停から学校へ向かう際のことである。歯ブラシの毛の硬さから、いつの間にか七つの美徳に話題が移っていたのだった。


「ところで、キュウジュツって何ですか?」


「救恤っていうのは、要はチャリティー精神のことだよ。英語だとそのまんまcharityで――」


 そこまで答えたところで、夜彦の説明は中断されてしまった。


 例の茶髪の女子生徒が、白羽に声を掛けた為である。


「おはよう、シロ」


「おはようございます」


 そう挨拶を交わすと、案の定二人はすぐにおしゃべりを始める。


「『retrieve』っていうのは『回収する』って意味でね。猟師が撃った獲物を回収するからレトリバーなんだって」


「そうなんですか。それじゃあ、ラブラドール・レトリバーっていうのは……」


「ラブラドールは確かカナダかどっかの地名だよ」


 そんな風に、白羽と茶髪が犬の話で盛り上がるのを、夜彦は黙って聞くともなしに聞いていた。


「…………」


 茶髪の「チワワは、メキシコのチワワ市が原産だからチワワ」という豆知識は初耳だった。だから、内心で驚きを覚える。


 その直後のことだった。


「おはよう、天原」


 クラスの男子生徒がそう声を掛けてきた。更に「うーす」「おはよ」と挨拶が続く。


 だから、夜彦も「おう」と彼らに挨拶を返した。


 夜彦に声を掛けてきたのは、萬田まんだ筒井つつい索谷さくたにの三人組だった。彼らはクラスメイト兼チームメイトという間柄で、本当にいつも一緒にいるくらい仲がよかった。


「昨日の部活ん時に、ボウリングをやってさー」


「へー」


 萬田の話にそう相槌を打ってから、夜彦は確認の為に尋ねる。


「お前らサッカー部だよな?」


「おう。サッカーボールとコーンで代用した」


「いや、サッカーやれよ」


 夜彦は苦笑とともに言った。


 こうして夜彦がクラスメイトと会話するのは、今ではそう珍しいことではなかった。


 以前、白羽が夜彦の不良疑惑を否定してくれたことがあった。あの一件のおかげで誤解が解けて、夜彦も少しずつクラスに受け入れられ始めていたのである。


 萬田たちと話すようになったきっかけも、やはりそうだった。もっとも、初めて話しかけられた時は、「萬子・筒子・索子で麻雀トリオだな」と言ってしまって、「マンズ・ピンズ・ソーズ?」「麻雀好きなんだな」「やっぱりヤンキーじゃねーか」と誤解が再燃しそうになる一幕もあったが。


 そういう訳で、筒井や索谷たちも、


「索谷がスゲー下手でよぉ」


「そんなでもないでしょ」


 などと、夜彦に話しかけてくる。


「天原はボウリングやったことあるのか?」


「ああ。この前やった時は200超えた」


「マジか」


 夜彦の返答に、萬田はそう驚く。筒井や索谷も、「スゲー」「おお……」とそれぞれ声を上げていた。


「今度みんなで行くかって話になってんだけど、天原もどうだ?」


 不良疑惑のせいで、今までずっと友達がいなかったのである。萬田がそう誘ってくれたのは、素直に嬉しかった。


 しかし、「はい」と答える前に、夜彦には確認しておきたいことがあった。


「いつ行くんだ?」


「今度の日曜」


「日曜か……」


 少し迷ったが、夜彦は当初の予定を優先することにした。


「悪い。その日はやることがあるんだよ」


「そうか……」


 残念がってそう言うと、萬田は夜彦の視線の先を追いかけた。


「もしかして、デートか?」


「違う違う」


 もっとも、白羽関係の用事であることには違いなかったが。



          ◇◇◇



 そして、その日曜日のことである。


「おはよう、夜彦」


「おう」


 夜彦は居間に顔を出すと、弥宵とそんな挨拶を交わしていた。


「休みの日なのに早いじゃないか」


「たまにはな」


「まぁ、白羽はとっくに起きとるがの」


「それはあいつが真面目過ぎるだけだろ」


 夜彦は渋い顔をする。一言多い弥宵はもちろん、早起きをした白羽にも。


 ただ、弥宵がそう言うわりに、居間に白羽の姿はなかった。自分の部屋で、明日の予習でもやっているのだろうか。


「で、その虹宮は?」


「庭じゃよ。洗濯物干すのを代わってくれたんじゃ」


「どんだけ真面目なんだ、あいつは」


 自分の想像以上だったから、夜彦はますます渋い顔をするのだった。


 靴を履いて庭に出ると、確かに白羽は洗濯物を物干し竿に掛けていた。夜彦はその家庭的な様子を好ましく思う一方、いい子過ぎてストレスになっていないか心配にもなる。


「おはようございます」


「おはよう」


 と白羽に答えてから、夜彦は今更気づく。


(冷静に考えると、これってすごく恥ずかしいことのような……)


 このままだと、白羽が自分の下着を干すことになってしまう。白羽はそのことに気づいていないのだろうか。


 もちろん、気づいた上で気にしていないという可能性もある。しかし、たとえ白羽が平気でも、夜彦はそうはいかない。


「手伝おうか?」


「そうですね……」


 返事に迷っている最中も、白羽は作業をやめなかった。洗濯かごから、次に干す洗濯物を取り出す。


 が、それは白羽自身の下着らしかった。


「いっ、いえ、大丈夫です」


「そ、そうか」


 白羽は慌ててかごに戻したが、夜彦にははっきり見えていた。白だった。


「白、白か……」と夜彦は脳内で繰り返す。一方、それを阻止するように、白羽は慌てて話題を変えた。


「あ、天原さんはお出かけですか?」


「ああ、いや」


 夜彦はそう首を振った。


「今日は蔵の掃除をしようと思って」


 遊んで日頃のストレスを解消して、変身を予防するという弥宵の案も分かる。だが、一番いいのはやはり体質そのものを治すことだろう。


 そして、その為には、蔵に保管された文献を調べるのが近道のはずである。夜彦はそう考えて、まとまった時間の取れる日曜日に、まずは蔵の掃除をしようと予定を組んでいたのだ。


 すると、これを聞いて白羽は言った。


「あ、それなら私も手伝います」


「いや、お前は別に――」


 この件は、元々自分の不良疑惑を払拭してくれた白羽へのお礼として始めたことだった。だから、白羽を巻き込んだら意味がなくなってしまう。


 しかし、よく考えてみれば、白羽も自身の体質を治したくて天原家に来たという話だったはずである。


「そうだな。頼めるか?」


「はい!」


 白羽は喜びと気合の入り混じったような声で答えた。

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