第四章(6/6)
(こういうパターンもあるんだなぁ……)
青衣への変身を見て、夜彦はそんなことを考える。
一日の内に何度も変身するのは以前にも目にしていたが、変身が解けた直後に変身するのはこれが初めてのことだった。弥宵もそんな話はしていなかったので、もしかしたら珍しいケースなのかもしれない。
格ゲーの座ってプレイする形式が災いしたらしい。青衣は気だるそうに――『怠惰』な風に、筐体に倒れかかっていた。
「おい、ここで寝るな、ここで」
夜彦は慌てて青衣を筐体から引き剥がす。
それから、始業式をサボった日のことを思い出して尋ねた。
「お前、ゲーム好きじゃなかったか?」
「今は、いい」
「ああ、そう」
ということは、「明日学校に行くのが嫌だから、現実逃避でまだ遊んでいたい」というわけではなさそうだ。
「それじゃあ、もう帰るか?」
「うん」
青衣は素直にそう頷く。
しかし、決して立ち上がろうとはしなかった。
「……もしかして、おんぶか?」
「うん」
この「帰る気はあるけど、自分で歩く気はない」というわがままから、夜彦はおよそのところを察していた。赤音に変身して満足するまで遊んだはいいものの、白羽は今度遊び疲れてしまった。それで、家まで自力で帰るのが面倒くさくなって、そのストレスから青衣に変身したのだ。
疲労が原因なら、家まで帰らなくても、休ませれば元に戻る可能性はある。ただ、店内で眠ったりしたら、ゲームセンターの迷惑になるだろう。そう考えて、夜彦はしぶしぶ青衣をおぶるのだった。
店を出た時、街にはすっかり夜の帳が下りていた。あまり高校生の出歩くような時間帯だとは言いがたい。補導や職質をされるくらいならまだいいが、自分の顔つきや背中の青衣のことを考えると、誘拐犯か何かと誤解されるのではないだろうか。そんな不安を抱きながら、夜彦はバス停へと向かった。
その道すがらのことである。
「夜彦」
「何だ?」
「暑い。体温、下げて」
「少しくらいは我慢を覚えてくれ」
というか、前にもそれは無茶だと言ったはずである。夜彦は眉根を寄せていた。
白羽がそうであるように、夜彦も今日一日遊んだことでいい加減疲れていた。白羽はともかく、黄希や赤音にさんざん振り回されたから尚更である。その上、今は青衣のわがままに付き合って、彼女をおぶっていた。
だから、しばらく歩いたあとで、夜彦はこう呟くのだった。
「し、死ぬ……」
これを聞いて、青衣が声を掛けてくる。
「死ねば、体温、下がる?」
「名案閃いたみたいに言うな」
夜彦は力を振り絞ってそうツッコんだ。
現在地からバス停までは、まだまだ距離がある。今のままでは体力がもたないかもしれない。そう考えて、夜彦はダメ元で切り出す。
「青衣、ちょっとは自分で歩かないか」
「無理」
「マジで、ほんのちょっとだけでもいいか――」
「無理」
「…………」
「無理」
楽をする為なら苦労を惜しまないらしい。青衣はひたすらそう繰り返していた。
だから、夜彦は仕方なく別の案を考える。
「一回、喫茶店かどこかで休憩するか……」
冷たいジュースでも飲めば、もう少し頑張れるだろう。それに上手く行けば、疲れが取れて、変身が解けるかもしれない。
だが、そう簡単にはいかなかった。
「……こういうのって、探し始めると見つからないんだよな」
夜彦はそう愚痴をこぼす。あれから、喫茶店も、ファミレスも、イートインのあるコンビニでさえも発見できていなかった。このままだと、バス停に着く方が先になるかもしれない。
単に自分が休みたいだけなのか、それとも一応こちらを気遣ってくれているのか。真意は分からないが、休憩所探しには青衣も協力してくれていた。
「あそこは?」
「あー……」
青衣の指差す建物を見て、夜彦は返答に困ってしまう。
「なんていうか、あれは違うんだよ」
「でも、〝ご休憩〟、書いて、ある」
「とにかく違うんだよ」
あの休憩はむしろ疲れるやつなんだよ。口には出さないが、夜彦は頭の中でそんな反論をする。
だが、そうやって夜彦が説明を避けたせいで、青衣は食い下がってくるのだった。
「休憩、しないの?」
「ああ、うん」
「休憩、したら?」
「いや、大丈夫」
誰かに聞かれでもしたら、誤解されそうな会話である。夜彦は一人気まずい気持ちになっていた。
しかし、それでも青衣は連呼するのをやめなかった。
「夜彦、疲れてる。休憩、しよ?」
「本当にもう大丈夫だから」
いつもは人一倍面倒くさがりのくせに、何故こういう時に限って優しくしてくるのか。夜彦は複雑な気分で、バス停までの道を急ぐのだった。
◇◇◇
「――って感じかな」
「なるほどの」
ようやく帰宅した夜彦は、居間で今日の出来事を報告していた。
そして、弥宵はそれを簡単にまとめたのだった。
「今日一日、女の子をとっかえひっかえして楽しんだ、と」
「人聞きの悪い言い方すんじゃねーよ」
夜彦は眉根を寄せる。白羽が風呂に行ったタイミングで今日の報告をさせてきたので、てっきり二人きりで真面目な話をしたいのだと思っていたのだが……
「やっぱり、青衣たちの性格的に、七つの大罪が関係してそうじゃねえか?」
「そうじゃのう……」
夜彦が真面目な話を振ると、弥宵もようやく真剣に考え込み始める。
が、それも長続きしなかった。
「それはそうと、白羽のやつ、お前さんに随分心を開いとるようじゃの」
「そうか?」
思わず夜彦は聞き返す。照れくさいのが半分、何故今そんな話をしだしたのか分からないというのがもう半分だった。
「白羽が大勢の人間の前では変身しにくい理由は覚えておるか?」
「変身すると大事になって、逆にストレスが溜まりかねないからだろ? 虹宮はストレス解消の為に変身するんだから」
実際、クラスメイトが周りにいて、変身したら騒ぎになりそうな時には、白羽はまだ一度も変身したことがなかった。今日変身したのだって、人前といっても知り合いがいないから、白羽に大して注目が集まっていなかったからだろう。
「その通りじゃが、大勢の人間の前というのは、あくまで白羽が変身しにくい――ハメを外しにくい例の内の一つに過ぎん。
たとえば、仲のいい友達の前でならいくらでもはしゃいだり騒いだりできるが、今日始めて知り合った人間の前ではひとまず礼儀正しく振舞うもんじゃろう? つまり、仮にいくらストレスが溜まっとったとしても、心を開いていない人間の前ではなかなかハメを外すことは難しいわけじゃな。
じゃから、言い換えれば、ハメを外して次々変身するくらい、白羽はお前さんに心を開いておるということじゃ」
「なるほど……」
以前白羽が変身したのは、裸を見られたり、学校が始まったりと、ストレスが特に溜まりそうな時だった。まだ遊びたいとか、帰るのが面倒くさいとか、比較的軽そうなストレスで変身したのは、今日が初めてではないだろうか。そう考えると、白羽が自分の前では気軽にハメを外している――白羽が自分に心を開いているというのも、ありえない話ではないのかもしれない。
これを聞いて、夜彦は胸をなで下ろしていた。
「変身しまくるから、てっきり俺のせいでストレス溜めちまってるのかと思ってたんだけど」
「確かに、変身のきっかけとなるストレスを与えたのはお前さんかもしれん。しかし、さっきも言うたが、白羽はお前さんに心を開いておるようじゃからな。
じゃから、迷惑なクラスメイトに怒りたくても怒れない、学校の勉強を怠けたくても怠けられない、そういう日頃のストレスを、白羽は変身してお前さんにぶつけることで解消しておったんじゃないか」
白羽はストレス解消の方法として、よくカラオケで歌うという選択をするらしい。それと同じように、白羽は変身後の姿を見せる相手として自分を選んだ……ということだろうか。
「要するに、俺にやつあたりしてたってこと?」
「お前さんに甘えておったということじゃ」
「…………」
そう表現されると、こそばゆくて仕方なかった。
だから、夜彦は照れ隠しの意味もあって反論する。
「でも、今までの話は全部ばーさんの推測だろ。やっぱり、単に俺のせいでストレス溜まって変身しただけかもしれねーじゃん」
「なら、ちょうどいいから、本人に聞いてみるか」
「えっ」
夜彦は驚きの声を上げる。今日のことで話し込んでいる内に、白羽が風呂から上がってきていたらしい。
「白羽、今日はどうじゃった?」
夜彦の心の準備が整う前に、弥宵がそう尋ねてしまう。
そして、この質問に――
「とても楽しかったですよ」
白羽は笑みを浮かべて答えるのだった。
「変身のこともあって、あまり誰かと遊んだことがなかったので、今日は天原さんと一緒に歌ったりできてよかったです」
「そうか」
結局、弥宵の説が正しかったようだ。白羽の言葉に、夜彦はホッとしたような、気恥ずかしいような気持ちになる。
すると、今度は白羽が尋ねてきた。それも緊張した面持ちで。
「あ、天原さんはどうでした?」
「俺も友達いな……少なくて、誰かと遊んだ経験なかったからな。俺も楽しかったよ」
何も白羽のストレスにならないように気を遣って言ったわけではない。夜彦も今日は初めて友達とあちこち遊び回ることができて、本当によかったと思っていた。
だから、変身の予防という本来の目的に関係なく、夜彦は言った。
「また行こうな」
「はいっ」
そう答える白羽の顔には、今日一番の笑顔が浮かんでいた。
そのあとで、白羽は夜彦から弥宵へと視線を移す。
「今度は弥宵さんも一緒に行けるといいですね」
「ま、予定が合えばの」
そうして、二人は「老人会ってどれくらいの頻度であるんですか?」「月一ペースということになっておるが、正式な会以外でもしょっちゅう集っておるからのう」などとスケジュールの確認を始めていた。
つまり、白羽は三人一緒がいいと思っているということである。
「残念じゃったの」
「うるさいな」
からかってくる弥宵を、夜彦はそう睨みつけるのだった。




