第四章(5/6)
「うわ、うるさっ」
入店するなり、赤音はいきなり文句を口にしていた。
「何よ、ここ」
「ゲームセンターだけど」
「何でこんなうるさいのかって聞いてんの」
「ゲームセンターだからだよ」
不快そうに顔をしかめる赤音に、夜彦は渋い表情を浮かべた。
あのあと、どこへ行きたいか赤音に尋ねたが、「アンタがまだ遊びたいって言ったんでしょ?」「もういいわよ、カラオケは」とろくに案を出さなかったので、独断でゲームセンターに連れてきたのだった。しかし、赤音の反応を見る限り、これはどうも失敗だったようである。
「そんなに嫌なら他のところ行くか?」
「はぁ? 嫌だなんて一言も言ってないでしょ」
「何なんだよ、お前は……」
さんざん口にした文句は何だったのか。夜彦は二の句が継げなくなる。
ただ、赤音は天邪鬼を起こして、急に「ゲーセンがいい」と言い出したわけではなかったらしい。キョロキョロと物珍しげに店内を見て回っていた。赤音は初めてゲーセンに来たのだろうか。いや、この場合は白羽がそうなのか。
だから、そんな彼女の為に、夜彦はオススメのゲームを紹介する。
「赤音、これやってみろよ」
丸いターゲットのついた筐体と、それに繋がれたボクシングのグローブ。パンチングマシーンである。
「アンタ、喧嘩売ってんの? 折るわよ?」
「俺じゃなくてこっち殴れ、こっち」
赤音が拳を握るので、夜彦は慌ててマシンの方を指差した。
「これって、何キロくらいからがすごいの?」
「どうなんだろ。こういうのって、筐体によっても変わってくるからなぁ」
結局やる気になった赤音に、夜彦はそう答えた。すぐに「使えないわね」と暴言が返ってきたが、実際筐体によって計測方法に若干の違いがあったり、数字を盛ったりするらしいので、具体的なことは断言しづらいのだ。
しかし、断言する必要などはなかった。赤音がパンチをすると、ファンファーレと共に「New record!」という音声が響いたからである。
「とりあえず、歴代一位なら間違いなくすごいわよね?」
「……そうですね」
勝ち誇る赤音に、夜彦は引きつった顔で頷く。
(こいつ、本気で怒らせたら死ねるな……)
前に一度殴られたことがあったが、あの時は一応赤音も手加減してくれたようだ。夜彦はそれが嬉しいような恐ろしいような複雑な気分だった。
「アンタはやんないの?」
「俺はいいよ」
負けたら自分のプライドが傷つくが、かといって勝っても赤音を怒らせるだけだろう。
夜彦はそこまで考えて遠慮したのだが、そんなことはお構いなしに赤音は挑発してくる。
「お得意の『悪魔処刑人』を使うせっかくのチャンスじゃない」
「だから、心を折りに来るのはやめろ」
夜彦は苦々しい表情を浮かべる。赤音は物理的な攻撃はもちろんのこと、精神的な攻撃まで仕掛けてくるからたまらない。
「大体、一番強いのは『常夜の騎士』だからな」
「何ちゃっかり最強の技に自分の名前つけてんのよ」
赤音は眉間にしわを寄せた。
またしばらく店内を見て回っていると、その内に赤音がふと立ち止まる。クレーンゲームが気になるようだ。
「これはボタンを押してアームを動かして、欲しいものを穴に落として取るっていうゲームだよ」
「それくらい知ってるわよ」
睨み顔で夜彦を黙らせると、赤音はすぐにプレイを始める。
なかなか筋がいいらしい。言動からいって初心者のはずだが、赤音は一発で景品を掴むのに成功していた。
しかし、閉じる力が弱過ぎて、すぐにアームからこぼれ落ちてしまったのだった。
「ハァ? 何よ、これ?」
「落ち着けよ。こういうのはよくあることだから」
赤音のことだから、放っておくと筐体を殴って壊しかねない。それどころか、アクリル板をパンチで突き破って、直接景品を取り出す可能性まであるだろう。だから、代わりに景品を取ってやることにする。
「あれが欲しいんだな?」
確認の為に、夜彦は熊のキャラクターのぬいぐるみを指差した。
クレーンゲーム自体は知っているのだ。ということは、赤音は最初から、ずっとこのぬいぐるみを気にしていたことになるはずである。
「ええ、そうよ」
照れて怒り出すかと思いきや、赤音はあっさりそう認めた。
「サンドバッグにいいと思って」
「く、熊殺し……」
ともあれ、用途は何にせよ、ぬいぐるみが欲しいのは確からしいのだ。自分で取らないと気が済まないわけでもないようだから、夜彦は早速クレーンゲームをプレイする。
「アームの力が弱い時は、景品のタグにアームを差し込めばいいんだよ」
夜彦はそう得意がって講釈する。しかし、微妙な位置にタグが来ていて、上手くアームを差し込むことができなかった。
「それがダメなら、アームが開く動きを利用して、穴に押し込めばいいんだよ」
夜彦は再び講釈する。しかし、アームは閉じる力だけでなく開く力も弱く、ぬいぐるみはろくに動かなかった。
「あぁ? ふざけんなよ、クソ。責任者出せ、責任者」
「落ち着きなさいよ」
いつの間にか立場が逆転して、今度は赤音が夜彦をなだめていた。
まずは普通に掴んで、ぬいぐるみを少しずつ動かす。そうやって位置を調整したら、今度こそタグにアームを差し込む。結局、この方法によって、夜彦はなんとかぬいぐるみを取ることに成功したのだった。
「よっしゃ!」と夜彦。
「やるじゃない!」と赤音。
そうして、二人はハイタッチを交わす。
「痛ってぇ……」
夜彦は悶絶する。見れば、赤音の馬鹿力のせいで、手の平が真っ赤になっていた。
その赤音はといえば、夜彦よりもぬいぐるみだった。さっきハイタッチをしたと思ったら、もう景品の取り出し口に手を突っ込んでいる。
(喜んでるみたいだな。これで満足したかな)
サンドバッグ扱いは、やはり照れ隠しだったようだ。満面の笑みとは言わないまでも、赤音はぬいぐるみとの対面に頬を緩めていた。その様子を見て、夜彦も微笑を漏らす。
しかし、赤音はすぐに別の筐体に向かって走り出していた。
「ねえ、次はあれやりましょ、あれ!」
(満足はしてねえのか……)
これで白羽に戻るかと思ったのだが、そう都合よくはいかないようだ。
いや、満足させて変身を解くという意味では、むしろ逆効果だったかもしれない。赤音はゲームセンターにますます興味を持ってしまったようだった。
「早く! 早く!」
「しょうがねえなー」
夜彦は渋々、急かしてくる彼女のあとを追いかける。
あれだけ楽しそうにしているのである。もう少しくらいなら、こうして赤音のわがままに付き合うのも――
「さっさとしなさいよ、このグズ。ホント使えないんだから」
「お前、その熊返せよ」
◇◇◇
しゃがみ弱パンチからの弱キック、更にそこから必殺技に繋げるコンボが入った。相手のキャラクターが倒れ、画面には「YOU WIN!」の文字が表示される。
お菓子が景品のクレーンゲームやレースゲーム、音楽ゲームなど、いくつか遊んで回ったあと、二人は格闘ゲームで対戦していた。赤音の提案だからよっぽど自信があるのかと思いきや、単に血の気が多いから殴り合いをするゲームをやってみたかっただけというのが真相だったようだ。
「お前、リアルファイトは強いのに、格ゲーは弱いんだな」
「…………」
夜彦が筐体の横から覗くと、赤音は見るからに不機嫌そうな顔をしていた。負けた上に、煽られたのがムカつくという顔である。
(あ、やばいな、これ)
このままだとリアルファイトに発展するかもしれない。そうなったら、自分に勝ち目はないだろう。次の勝負は手加減しようと夜彦は密かに誓う。
しかし、勝ったにもかかわらず、赤音は更に不機嫌になっていた。
「アンタ、今手抜いたでしょ」
「いや、そんなことはないけど」
「抜いたでしょ」
「……抜きました」
そう夜彦が白状すると、赤音は釘を刺してきた。
「夜彦、次やったら折るわよ」
「…………」
夜彦は顔をこわばらせる。釘どころか杭を刺された気分だった。
(本気出して負けろって、また無理難題を……)
だが、勝つという選択肢はありえない。そこで夜彦はさりげなく赤音のキャラと相性の悪いキャラを使うことにした。加えて、先程とは違って、あからさまにならないように気をつけて手加減する。
そうやってギリギリの勝負を演じて負けたところで、夜彦は赤音に声を掛けた。
「おっ、やるじゃねえか」
「ま、アタシが本気出せばこんなもんよ」
(こいつ……)
得意げに笑う赤音を見て、今度は夜彦がキレそうになる。他人の苦労も知らないでいい気なものである。
もう格ゲーはこりごりだった。赤音も勝って気が済んだだろう。そう思って、夜彦は尋ねる。
「赤音、次はどうする?」
そう言って立ち上がる夜彦に対して、赤音は筐体の前に座ったままだった。まだこのゲームで遊びたいのだろうか。
「赤音?」
もう一度尋ねながら、夜彦は彼女の方へと回り込む。
返事がない理由はすぐに分かった。変身が解けて、赤音は白羽に戻っていたのだ。
(やっと満足したのか)
夜彦はホッと一息つく。これでようやく家に帰れそうだ。
しかし、赤音から白羽に戻ったと思った、次の瞬間――
「だる……」
白羽は今度、青衣に変身していた。
(結局、出てくるのかよ!)




