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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第四章 虹宮白羽と安息日の騒動
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第四章(3/6)

 転がったボールが、ピンにぶつかる。すると、ピンが吹き飛んで、反対側にあるピンもなぎ倒していた。


「よしっ!」


 左右に分かれてピンが残ってしまうスプリット。その中でも、最後列の端の二本(7番‐10番)が残った難しい状況だったが、上手くスペアを取ることができた。だから、夜彦は思わず声を上げて喜ぶ。


 映画を見たあと、二人はボウリング場に来ていた。夜彦がスペアで喜んでいたのは、自分から誘った手前、下手なプレーは見せられないという理由もあったからなのだ。


「天原さん、お上手ですね」


「ま、ちょくちょく来てるからな」


 白羽にそう答えたあと、夜彦は心の中でだけ「一人で」と付け加えていた。


「ボウリング、お好きなんですか?」


「まあな」


 子供の頃、弥宵によく連れて来られた影響だろう。そして、その弥宵も、自身の親たちから影響を受けているようだった。


「ボウリングって、元々は悪魔祓いの儀式だからな」


「えっ、本当ですか?」


「悪魔に見立てたピンを、ボールで倒すっていうのが発祥らしい」


「へー、知りませんでした」


 白羽が驚きの声を上げる。素直に感心しているようだ。


 だから、夜彦は得意になって続けた。


「じゃあ、マルティン・ルターは知ってるか?」


「十六世紀の神学者ですよね? 『九十五か条の論題』で贖宥状を批判して、宗教改革のきっかけを作った」


「さすが優等生だな」


 予想以上に詳しい回答に、夜彦は苦笑する。


「実は、当時まだバラつきのあったボウリングのルールを整備して統一したのは、そのルターだって説があるんだよ」


「宗教と関係が深いスポーツだったんですねー」


 白羽は再び素直に感心したようだった。


 夜彦が二投目を投げ終えたので、ゲームは次のフレームに入って、今度は白羽が投球する番になった。


 よたよたとぎこちない助走のあと、体のバランスを崩しながらボールを手から離す。「投げる」というよりも、「ボールの重さに振り回されている」という表現の方がしっくりくるフォームである。


 しかし、何故か白羽の投球は、十本全てのピンを倒していた。


「何であんな滅茶苦茶な投げ方で……」


 夜彦は思わず怪訝な顔をする。


 一方、投球位置アプローチから戻ってきた白羽は笑顔だった。


「天原さん、やりましたよ!」


「おう、見てた見てた」


 つられるように夜彦も笑みをこぼした。白羽が喜んでいるのだから、この際細かいことはどうでもいいだろう。


「虹宮はボウリング初めてなんだよな?」


「はい」


「初心者とは思えないスコアだな」


「いや、そんな」


 そう謙遜するが、例の滅茶苦茶なフォームで、白羽はストライクやスペアを量産していた。おかげで、スコアは経験者の夜彦をも上回るようなレベルになっている。このまま行けば、200点超えの可能性も十分あるだろう。


「生まれて初めて得意なスポーツが見つかったかもしれません」


 目を輝かせて言う白羽に、夜彦は密かに胸をなで下ろす。


(運動苦手なの忘れてたけど、結果オーライだったか)


 どこへ行くか迷った末に、自分の趣味を押し付けたようなものだった。だが、幸い白羽もボウリングを楽しめているようだ。


 また、出発前にゴタゴタがあったものの、映画自体については面白かったという感想を口にしていた。だから、今のところ、今日の外出は順調だと言ってもいいのではないだろうか。


 しかし、夜彦がそう思った矢先に――


「夜彦さん、ご飯はまだですか?」


「きっ、黄希……」


 白羽は変身してしまっていた。


 周りは自分たちのプレーに関心がいっているし、それにクラスメイトなどと違って白羽のことをよく知らない。その為、見知らぬ少女が、別の少女に入れ替わったところで、それに気づけた人間はいないようだった。


 周囲が騒ぎになっていないのを確認したあと、夜彦は今度、携帯電話を見る。すると、時刻はとっくに十二時を過ぎていた。


 よく考えてみれば、朝映画を見てから、そのままボウリングに直行するというのは、強行軍過ぎたかもしれない。白羽が空腹から黄希になるのも無理ないだろう。


「ほら、とりあえずこれ」


 夜彦は黄希にカロリーメイトを渡す。こんなこともあろうかと、チョコやゼリー飲料など、携行食をいくつか持ってきていたのだった。


 もっとも、黄希のことだから、これで満足というわけにはいかないだろう。だから、夜彦は次の行き先を決める。


(ファミレスにでも行くか)



          ◇◇◇



「ばーさんが小遣いくれたから、好きなものを頼んでいいからな」


 ファミレスのテーブルに着くと、夜彦はメニューを手渡しながら黄希に説明した。白羽が変身することをあらかじめ想定していたのは、弥宵も同じだったのである。


 夜彦の話を聞いた黄希は、「はい」と頷く。それから、目を輝かせながらメニューをチェックし始めるのだった。


「このチーズハンバーグを一つ」


「そちらのメニューは、無料でライスかパンをお付けすることができますが」


「じゃあ、ライスで」


 夜彦はそう店員に注文を伝える。


 次は、黄希の番だった。


「サーロインステーキとライスのセット、若鶏の唐揚げとライスのセット、シーフードグリルとライスのセットでお願いします」


「単品でのご注文もできますが……」


「いえ、全部セットで」


 戸惑う店員に対して、黄希ははっきりとそう答えた。


「それから、カレーライスもお願いします」


「お前、糖尿になるぞ」


 夜彦は思わずツッコミを入れていた。米好きにもほどがあるだろう。


(やっぱり、『暴食』っぽいよなぁ……)


 好物を大量に食べたがるのは、暴食と言うにふさわしい行動である。だから、夜彦は改めて、白羽と七つの大罪の関連を疑うのだった。


 黄希が暴食らしく、「ご飯はまだですか?」と再び騒ぎ出さないように、夜彦はサラダバーも合わせて注文しておく。この目論見が成功したようで、料理が来るまでの間、黄希は大人しくサラダを食べていた。もっとも、その量に関しては大人しいとは言いがたかったが。


 本当に七つの大罪が関わっているかはともかく、食欲が原因で黄希に変身するのは間違いないのだから、食事の邪魔をするのはまずいだろう。だから、注文した料理をしばらく彼女が食べ進めたあとで、夜彦はようやく尋ねた。


「美味いか?」


「はい、とても」


「そうか」


 幸せそうな黄希の表情を見て、夜彦も笑みをこぼす。子供にやたら食べろ食べろと勧めてくる大人がいるのも分かるような気がする。


 が、次の瞬間、夜彦の顔は引きつっていた。


 ハンバーグソースでもついていたのだろう。そして、それを大食いの黄希は見逃さなかった。


 黄希が頬をなめてきたのである。


「おまっ……」


 夜彦は絶句してしまう。


 一方、黄希は平然としたものだった。


「どうかしましたか?」


「どうかしましたかって……」


「?」


 どうやら本気で分かっていないらしい。黄希はきょとんとするばかりだった。


 一緒に食事をする度に、こんなことをされたら困る。いや、正直夜彦は特に困らないが、変身したとはいえ白羽の体だから、白羽に対して悪いだろう。


 しかし、かといって、何故今の行為がまずいのかを、詳しく説明するのは気恥ずかしかった。大体、色気より食い気の黄希が、説明に納得してくれるかも分からない。


 そんな葛藤の末、夜彦はこう注意した。


「他人の食べ物を取ったらダメだろ」


「た、確かに」


 大食いだけあって、黄希はこの説教を素直に受け止めたようだった。


「申し訳ありませんでした」


 そう深々と頭まで下げる。野生児じみているのか、礼節を弁えているのか…… やはり、「犬っぽい」という表現が一番ぴったりかもしれない。


 ただ、説教が少々効き過ぎたようだった。黄希はスプーンでカレーをすくうと、それをこちらに向けてくる。


「では、夜彦さんもどうぞ」


「え?」


「先程のお詫びです」


「いや、でも……」


 それはあーんと言って恥ずかしい行為だと、夜彦はそう説明することもできず、ただただうろたえる。


 一方、どうしてもカレーを食べさせないと気が済まないらしい。黄希はスプーンを手に繰り返し言った。


「お詫びです」


「…………」


 今度は上手い嘘も思いつかず、夜彦は仕方なく黄希に従うことにする。


 考えてみれば、差し出されたスプーンは既に黄希が使ったものだった。だから、あーんはもちろん、間接キスまですることになってしまう。おかげで、夜彦にはカレーの味が全く分からなかった。


 やっとあーんが終わると、黄希は今度こう言った。


「すみません。注文を追加したいのですが」


 手を上げて、彼女は店員を呼び止める。夜彦にカレーを食べさせた分、足りなくなったと思ったのだろうか。


 いくら弥宵に小遣いをもらったとはいえ限りがある。それで、夜彦は決心するのだった。


(……今度黄希に変身した時は、食べ放題に連れて行こう)

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