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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第四章 虹宮白羽と安息日の騒動
19/35

第四章(2/6)

 そして、約束の日曜日――


(……珍しいな)


 携帯電話で時刻を確認した夜彦は、そんなことを思う。


 朝、夜彦は家の玄関で、白羽のことを待っていた。まだ出発まで時間があるとはいえ、がさつな自分より遅れて来るのは正直意外である。


 その理由は一目で分かった。


「すみません。お待たせしました」


 決して、普段の格好がだらしないわけではない。だが、今日はよそ行きだから、白羽は入念に身支度をしてきたようだった。


 元々綺麗なストレートの髪を、更に時間を掛けて櫛でとかしてある。また、整っているがまだ幼さの残る顔立ちは、ナチュラルメイクでいつもより大人っぽくなっていた。


 着ているワンピースは爽やかな色で、もちろん染みやよれは一つもない。清楚な格好だから人を選びそうなものだが、それでも白羽は上手く着こなしていた。というか、白羽ほど似合う人間がいるのかと思うほどだった。


「……おう」


 長い間見とれたあとで、夜彦はようやく返事をする。


 かと思えば、また考え事の為に黙り込んでしまった。


(こういうのって、褒めたりした方がいいんだろうか)


 これから遊びに行くのだから、本人のお気に入りの格好をしているはずだろう。実際、夜彦の目には、白羽は学校に行く時以上に身だしなみに気を遣っているように見える。だから、褒めるのがマナーのような気もするし、またそうでもないような気もするのだ。


 そうして夜彦がどうするか迷っていると、その内に白羽が赤い顔で口を開いた。


「そ、その服似合いますね」


(ぎゃ、逆に!?)


 照れるような、びっくりするような気持ちで、夜彦は「あ、ありがとう」と答える。適当に目についた服を着てきただけだから、大した格好でもないと思うが……


 しかし、褒められたからには、こちらも褒め返さないわけにはいかないだろう。


「虹宮も似合ってるぞ」


「どっ、どうもありがとうございます」


 言った夜彦も照れくさかったが、言われた白羽はそれ以上のようだった。赤い顔をますます赤くする。


 おかげで、二人は次の話題に困ってしまった。


「…………」


「…………」


 沈黙の中、夜彦の頭に浮かぶのは恨み節だけだった。


(ばーさんが変なこと言うからだよな……)



          ◇◇◇



 弥宵が変身の予防法を提案した直後のことだった。


 夜彦には一つ確認しておきたいことがあった。


「でも、二人でデー……遊んでこいって、ばーさんは来ねえのか?」


「何じゃ、わしと一緒がよかったのか」


「いや、そうは言ってねえけど」


 むしろ、家族と一緒に出かけるのが恥ずかしく感じるような年齢だったから、夜彦は渋い表情を浮かべていた。


「ついていきたいのはやまやまなんじゃが、日曜はちょっと集まりがあるからの」


「悪魔祓いのですか?」


「いや、老人会じゃ」


「ああ」


 ちょくちょく出かけているから、この返答には白羽も納得いったようだった。


 ただ、その代わりに、別の疑問が湧いてきたらしい。


「そういえば、老人会ってどんなことをされてるんですか?」


「それはその時によって違うが、今度のはスマブラ大会の予定じゃな」


「スマブラ大会……」


 白羽は呆気に取られたように繰り返す。今度の答えは、すんなり納得いかなかったようだった。


 すると、弥宵は解説のような弁解のような話を始める。


「ゲームはボケ防止に効くからのう」


「本当かよ」


「なんとかテレビで、なんとか大学のなんとか教授が言っておったぞ」


「それ効果出てなくねえか?」


 夜彦は思わず尋ねていた。


「というわけで、とにかく日曜は無理じゃ」


 改めて念を押すと、弥宵は更に呆れ顔で付け加えてくる。


「大体、デートを邪魔するほど無粋じゃないわい」


「別にデートじゃねえだろ」


 弥宵か、白羽か、それとも自分相手にか。とにかく誰かに言い訳するように、夜彦はそう訂正するのだった。



          ◇◇◇



(そうだよ。別にデートじゃねえんだよ)


 今日出かけるのは、あくまでも変身の予防をする為である。夜彦はそう自分に言い聞かせることで平常心を取り戻す。


「それじゃあ、行くか」


「はい」


 しかし、出発する前に、まず確認しておかなければいけないことがあった。


「で、どこ行くんだ?」


「えっ」


「えっ」


 白羽が驚くと、それを見て夜彦も驚いていた。


 一体、どうして驚くようなことがあるのか。二人はそれぞれの言い分を主張する。


「お前のストレス解消が目的だから、お前のリクエストを聞こうと思ってたんだけど」


「まだこのあたりのことをよく知らないので、天原さんに案内してもらうつもりだったんですけど」


 どうやら自分も白羽も、それぞれの理由から、お互いに相手をあてにしていたらしい。


 つまり、今日のスケジュールは全くの白紙ということになる。


(い、いきなりつまづいた……)


 そういうわけで、二人はまたもや黙り込んでしまった。


「…………」


「…………」


 せっかく遊ぶ約束をしたのに、こんな風に悩んで過ごすのはもったいない。何でもいいから、とにかくまずは家から出よう。夜彦はそう踏ん切りをつける。


「と、とりあえず映画でも見るか」


「そ、そうですね」


 夜彦が無理矢理候補をひねり出すと、白羽も便乗するように何度も頷いた。



          ◇◇◇



「この『アルファ113』とかどうだ?」


 映画館に着くと、ポスターの前で夜彦はそう尋ねた。


『アルファ113』は、アメリカの大手製作会社のアニメ映画だった。


 この会社の作品は、毎回老若男女問わず、誰でも楽しめるようなものに仕上がっている。一緒に見る相手がどんな映画が好きでも問題ない、無難で手堅い選択ではないだろうか。


 事実、白羽の反応も好感触のようだった。


「いいですね。私もCM見て気になってたんです」


「そうか。じゃあ、これにするか」


 無理に合わせている様子もなさそうなので、そう話をまとめてしまう。


 しかし、上映が始まった時、既に映画のことは夜彦の頭にはなかった。


(よし、今の内に今後のプランを考えよう)


 白羽を映画に誘ったのは、最初から次の行き先を決めるまでの時間稼ぎが目的だった。さすがに二時間近く考える時間があれば、いい案を思いつくだろう。


 そんな夜彦の思惑とは無関係に、スクリーンには別世界が広がっていた。


『アーネスト・ヘミングウェイはかつて書いた。〝世界は美しい。戦う価値がある〟と。後半部分には賛成だ』


(今の内にプランを……)


 登場人物の台詞に、夜彦は思わず興味を引かれそうになっていた。時間稼ぎさえできれば正直何でもよかったのだが、なかなか面白そうな作品である。


『私はさよならをどう言えばいいか分からない。言葉が出てこないの』


(プランを……)


 話の展開が気になって、夜彦はなかなか集中できなかった。つい画面に目を奪われてしまう。


『エイドリアン!』


(名作だ……)


 ラストシーンまで来る頃には、夜彦は目頭を抑えていた。無難で手堅いなんてとんでもない。映画史に残ってもおかしくない出来だった。


 そういうわけだから、上映が終わったあと、夜彦は尋ねていた。


「つ、次はどうする?」


 しかし、映画に夢中になってしまったのは、白羽も同じらしかった。


「ど、どうしましょうか」

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