第四章(1/6)
「七つの大罪、ですか?」
「ああ」
復唱する白羽に、夜彦はそう頷いた。
蔵から戻った夜彦は、居間に白羽と弥宵を呼び集めていた。今し方したばかりの発見を報告する為である。
「元はカトリックで使われていた言葉で、英語では『seven deadly sins』。直訳すれば、『七つの致命的な罪』ってところか。意味が伝わりやすいように、『七つの罪源』って訳す場合もあるらしい」
夜彦の説明を聞いて、白羽は再び復唱するように尋ねてくる。
「罪源?」
「ああ。七つの大罪っていうのは、罪そのものっていうよりも、罪に繋がりかねない危険な感情や欲求を挙げたものなんだ」
「へー」
白羽は感心したような相槌を打つ。まだ話が見えてこないようで、どこか他人事めいた反応である。
しかし、夜彦の発見は決して白羽に無関係ではなかった。
「で、この七つの感情は、それぞれ悪魔が司っているとされているんだよ」
「!」
驚きに白羽は目を見開く。
そんな彼女に、夜彦は本の挿絵を示しながら説明を続けた。
「具体的には、ルシファーの司る『傲慢』、レヴィアタンの司る『嫉妬』、サタンの司る『憤怒』、ベルフェゴールの司る『怠惰』、マモンの司る『強欲』、ベルゼブブの司る『暴食』、アスモデウスの司る『色欲』の七つだ。
これを虹宮が変身したあとの連中の性格にあてはめると、面倒くさがりの青衣が『怠惰』で、大食いの黄希が『暴食』。多分、短気な赤音が『憤怒』だろう」
「なるほど……」
白羽は言葉少なに呟く。頭の中で今の話を整理しているようだ。
しかし、優等生らしく、白羽はすぐに質問に移っていた。
「でも、七つの大罪なのに、どうして三人にしか変身したことがないんでしょうか?」
「人前に出てきたことがないからまだ誰も知らないだけか、そもそも変身するほど傲慢や嫉妬のストレスを溜めてないか。そんなところじゃないか」
夜彦は思いついた仮説を披露すると、続いて本人に直接確かめる。
「虹宮はどっちだと思う?」
「変身すれば私には分かりますし、ストレスが溜まってない方が正しいかと思います」
「虹宮って、傲慢って感じじゃないもんな」
「い、いえ、そういうつもりで言ったわけではないんですが」
「早速謙虚じゃねーか」
そう夜彦がからかうと、白羽は更に照れて赤くなった。本人も認めていることだし、変身するほど他の種類のストレスを溜めていないと考えてよさそうだ。
これで、七つの大罪なのに三人にしか変身しない矛盾は解消された。だから、七つの大罪説がますます有力になったと言えるだろう。
「悪魔関係以外で変身なんて妙な現象が起こるとは思えないし、感情がその引き鉄になってるって考えると、やっぱり七つの大罪が何かしらの形で関わってる可能性が高いと思うんだけど……」
夜彦は、白羽から弥宵に視線を移す。自分の立てた説が正しいかどうか、ベテランの悪魔祓いの意見が聞きたかった。
「……確かに、筋は通っておるな」
今まで黙って考え込んでいた弥宵は、開口一番にそう言った。
「お前さん、いいところに目をつけたの。これも赤音たちの世話を焼いた成果かのう」
「偶然本を見つけただけだよ」
夜彦はついぶっきらぼうに答える。
「それに、まだ可能性の話だしな」
半分は照れ隠しだが、もう半分は本心だった。
七つの大罪やそれを司る悪魔が、本当に白羽の体質に関係しているという確証はまだない。仮にそうだとしても、具体的にどういった形で関係しているかは不明なままである。治す方法に至っては、皆目見当もつかなかった。だから、今回の発見は、一歩どころか、せいぜい半歩進んだという程度のものだろう。
にもかかわらず、白羽は頭を下げていた。
「ありがとうございます、天原さん」
「いや、だから、まだ可能性の話だからな」
「仮に間違っていたとしても、治す方法を探してくださったことは事実じゃないですか」
「それはそうだけど」
まだ些細なことしかしていないのに、感謝の表現が大げさ過ぎるだろう。どれだけ人がいいのかと、夜彦は戸惑ってしまう。
七つの大罪に対して、人間が心がけるべき七つの美徳というものも存在している。諸説あるが、代表的な例としては、傲慢に対する『謙譲』、嫉妬に対する『慈悲』、憤怒に対する『忍耐』、怠惰に対する『勤勉』、強欲に対する『救恤』、暴食に対する『節制』、色欲に対する『純潔』が挙げられる。
時には無理をしている場合もあるとしても、白羽には基本的にこの七つの美徳が備わっているのではないだろうか。もっとも、恥ずかしいのでそんなこと口にはしないが。
「七つの大罪か……」
弥宵は考え深げに改めてそう呟く。
そして、熟慮の末に出した結論は――
「よし、お前さんたち二人でデートしてこい」
「デート!?」
「一体、何をどうしたら、今の話の流れでそうなるんだよ」
七つの大罪に関する資料を蔵で探す。普通に考えたら、それ以外の選択肢はないだろう。だから、白羽は動揺したような声を上げ、夜彦は呆れ顔を浮かべていた。
だが、弥宵も冗談を言ったつもりはないようだった。
「わしらでも知らんような症状なんじゃぞ。蔵をちょっと探したくらいで、解決法が見つかると思うか?」
「……それもそうか」
夜彦が持ち出してきた本も、単に七つの大罪やその悪魔について解説しているだけで、変身体質については一切触れていなかった。それに、そもそも七つの大罪が関係していないということも十分考えられる。弥宵の言う通り、そう簡単に解決する問題ではないのだろう。
「でも、それで何でデートがどうとかいう話になるんだよ?」
「白羽が変身するのは、ストレスを解消する為だというのは分かっておるな?」
「ああ」
弥宵から何度も聞かされていたし、実際に何度も体験してきたことだから、夜彦はもう身に染みていた。
「じゃが、学校や会社で溜まったストレスを、そのままクラスメイトや上司にぶつけて解消する人間はそうはおらんじゃろう。大抵はプライベートで解消してから、また学校や会社へ行っておるはずじゃ。
じゃから、気晴らしに遊びにでも行って、日頃溜まったストレスを解消しておけば、変身する可能性は低くなるはずじゃと思っての」
白羽もそれに近いことを既に実践しているから、この話はすぐに腑に落ちた。
「ああ、なるほど。変身の予防にハーブティーを飲むのと同じようなことか」
「そういうことじゃな」
赤音対策のリンデンフラワー、青衣対策のレモンバーム、黄希対策のフェンネル、そして変身対策のデート……ということのようだ。
「わしもいろいろ考えたんじゃが、どうしても白羽の体質を治す方法を思いつかんでな。夜彦の説はなかなかいい線いっておると思うが、それも今すぐどうこうというものではないしの。それで、治すのが難しいなら、せめて予防くらいはできないかと思ってのう」
説明を終えると、弥宵は再び提案した。
「今度の日曜にでも、どこかに遊びに行ってみたらどうじゃ?」
変身体質の治療法が見つかるまで、どれくらい時間がかかるか不明である。だから、その間の対策として、弥宵の言う予防法を試してみるのも悪くないかもしれない。
しかし、一番重要なのは白羽の気持ちだろう。
「どうする?」
要はストレス解消になればいいのである。遊びに出かけなければいけないわけでもないし、自分と一緒でなければいけないわけでもない。白羽は遊びに出かけて、その間に自分は蔵を調べるという手もある。だから、夜彦は断られても仕方ないと思って尋ねていた。
そんな夜彦に対して、白羽は言い出しづらそうに答える。
「あ、天原さんのご迷惑でなければ……」
「……まぁ、虹宮がいいならいいけど」
夜彦まで歯切れ悪くそう言った。




