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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第三章 虹宮白羽と彼女の気がかり
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第三章(4/5)

「はい、どうぞ」


「サンキュー」


 白羽から弁当を受け取ると、夜彦は早速中身を確かめる。


 まず昨日約束した通りの、醤油ベースのソースのかかったハンバーグ。それから、西京焼き、卵焼き、きんぴら、おひたし……


「今日の弁当はなんか和風だな」


「はい。ソースが醤油なので、それに合わせてみました」


「なるほど」


 弁当一つにいちいち手間を掛けるものである。いつも作ってもらうのも悪いから、以前「たまには俺が作る」と言ったことがあったが、とても同じレベルのものは用意できそうになかった。だから、夜彦はせめてもの感謝として、しっかり味わって食べようと思うのだった。


「そういや、虹宮って和食と洋食どっちが好きなんだ?」


 早速ハンバーグに箸をつけながら、夜彦は尋ねる。


「米が好きだから和食か?」


「でも、洋食もご飯に合いますからね……」


「基準はそこでぶれないのな」


 この調子だと、おそらく米にさえ合えば中華でもいいのではないか。夜彦は呆れるような、逆に感心するような気分だった。


「天原さんは、やっぱり洋食ですか?」


「そうだな。ハンバーグ抜きでもだけど」


「たとえば、何がお好きなんですか?」


「メンチカツとか、ミートローフとか」


「それほぼハンバーグじゃないですか」


 今度は白羽が呆れ顔を浮かべていた。


 それから、「やっぱり卵焼きは、おかずが多い時は甘いのが、少ない時はしょっぱいのがベストだな」とか、「実栗みくりさんの飼っているラッキーちゃんが、なんと散歩の時にですね」とか、二人は他愛もない話をしながら一緒に弁当を食べ進める。


 そして、食べ終わる頃になって、白羽は弁当箱とは別に新しくタッパーを取り出した。


「デザートもありますけど、お食べになりますか?」


「せっかくだからもらおうか」


「どうぞ」


「こんなとこまで和風なんだな」


 苦笑とともに、夜彦はみたらし団子を受け取った。


 あくまでも一番が米というだけらしい。団子を口にした瞬間、白羽はタレよりも甘くとろけたような顔をする。


「女子は甘いもの好きだよな」


「そうですか?」


「そうだよ。お前ら、休み時間になるとお菓子食ってばっかじゃん」


 自覚がないようなので、夜彦はからかいを込めて続ける。


「あんな小さい弁当箱で何で足りるのか不思議だったけど、あれ絶対間食してるからだよな」


「…………」


 押し黙る白羽。その頬は羞恥心で赤く染まっている。


 しかし、ただ言われっぱなしでもなかった。


「ま、まぁ、私の場合、お腹空くと変身しちゃうかもしれませんし」


「上手い言い訳を考えたな」


 夜彦はやはりからかいを込めてそう笑った。



          ◇◇◇



「あの映画って、役者を本気でびびらせる為に、現場にわざわざ銃を持ち込んで、時々空砲まで打ったらしいぞ」


「ええっ、本当ですか?」


 弁当を食べ終えて、教室に戻る最中のことである。夜彦がホラー映画の裏話を聞かせると、白羽は目を丸くしていた。


「本当だよ。それどころか、抗議されても監督はやめなかったみたいだし」


「なんというか、すごい話ですね……」


「他にも、無茶なワイヤーアクションで女優に怪我させたり、本職の神父なのに演技ができないからってひっぱたいたり、とにかく滅茶苦茶やったみたいだな」


「それ人間が一番怖いってオチがつくパターンじゃないですか」


 白羽は驚いたような怯えたような表情で言った。


 そのあと、話題は「ホラー映画の撮影現場で起こった本物の心霊現象」に移って、話はまだまだ尽きなかった。だが、途中で「トイレ寄るから、先戻っててくれ」「はい」と二人は別れる。


 夜彦がトイレに入ると、まだ用を足していないのに、髪をセットしていた生徒が洗面台の前をすぐに開けてきた。譲るというより、逃げるような反応だった。


(そんなにビビらなくてもいいだろ……)


 開いたばかりの鏡で、夜彦は思わず自分の顔を確認する。しかし、「いや、虹宮が特殊なだけか……」という結論で終わるのだった。


 夜彦は落ち込みながら用を足し、手を洗う時に鏡を見てもう一度落ち込んでから、教室へと戻る。


 が、その足はドアの前で止まっていた。


 教室から、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきたからである。


「虹宮さんって、天原君と仲いいよね」


 今朝の登校中にも自分たちのことを噂していた、例の短髪の女子生徒の声だった。


「え?」


「だって、よく一緒にいるじゃん。今も二人でお昼食べてきたんでしょ?」


「ええ、そうですけど」


 白羽が頷くと、短髪は待ち構えていたように続けて尋ねる。


「もしかして、天原君のことが好きなの?」


「いっ、いえ、決してそういうわけでは」


 白羽は泡を食ったように答えた。実際に見なくても、顔を赤くして慌てている姿が簡単に想像できる。


(うわ、入りづらいな……)


 話題が変わるまで、校舎を一回りしてこようか。気まずさから、夜彦はそんなことを考え始める。


 ただ、ある意味で、話題はすぐに変わっていた。


「じゃあ、天原君のこと怖くないの?」


 短髪の質問に、夜彦は顔をこわばらせる。希望通り話題は変わったのに、むしろ教室には更に入りづらくなってしまった。


 一方、白羽はきょとんとしたようにオウム返しする。


「怖い?」


「だって、天原君ってヤンキーっぽいじゃん」


 短髪がそう説明した瞬間にも、白羽はこう答えた。


「天原さんはそんな方ではありませんよ」


(虹宮……)


 声こそ荒げないものの、白羽にしては珍しく強い口調だった。短髪を注意する為に――自分を庇う為に、白羽は怒ってくれたのだ。そのことが、夜彦には嬉しかった。


 これを聞いて、長髪の女子生徒も、朝と同じように短髪に言い聞かせる。


「ほら、虹宮さんがこう言ってるんだから違うんだって」


「うーん、そうなのかなぁ」


(なんか納得いかねーな……)


 普段の自分の言動よりも、白羽がたった一言否定する方が効果があることに、夜彦は釈然としない思いがするのだった。


 しかし、納得いっていないのは短髪も同じだったらしい。


「でも、天原君ってすぐクソとか言ったりして口が悪いでしょ?」


 食い下がるようなこの質問に対して、白羽は――


「確かに、お祖母様をよくクソババア呼ばわりされてますけど……」


(虹宮、フォローしてくれ)


 悪評を全く否定しない白羽に、夜彦は眉根を寄せていた。さっき、「ヤンキーではありません」と怒ってくれたのは何だったのか。


「それに、お弁当のおかずも指定してくるみたいだし」


「確かに、明日はハンバーグじゃなくてメンチカツがいいって言われましたけど……」


(虹宮、フォロー)


 夜彦は眉間の皺をますます深くする。正直なのも考え物である。


「一緒に暮らしてると、いろいろあるんじゃないの?」


「確かに、脱衣所で裸を見られたことはありますけど……」


(虹宮、お前はもう黙ってろ)


 その方がまだマシだっただろう。いちいち白羽が具体例を挙げて噂や憶測の裏づけをしたせいで、余計にクラスメイトの印象が悪化してしまったに違いなかった。


 事実、短髪も白羽の話を聞いて絶句していた。


「…………」


「あれは事故! そう、事故ですから!」


 ようやく失言に気づいたようで、白羽は慌ててそう取り繕った。かえって嘘くさいだけだから、もう本当に黙っていてくれないかと夜彦は思う。


 しかし、そんな夜彦の希望に反して、白羽は話を続けていた。


「……始業式の日、私と天原さんが休んだのを覚えてますか?」


「ああ、確かそうだったね」


「あれは体調を崩した私を、天原さんが看病してくださったからなんです」


「へー……」


 青衣に変身したことをぼかして説明すると、短髪は意外そうな声を漏らす。


 同じように、白羽はこれまでに起きたトラブルについても、悪魔関係のことをぼかしながら語った。


「他にも、蜂に追いかけられて困っている時に初対面なのに助けてくださったり、疲れて歩けなくなった時におんぶしてくださったり……」


 話している内に、その時の気持ちを思い出したのだろう。白羽は心の底から感謝しているような、優しく柔らかな口調になる。


「天原さんはいい人ですよ」


 これに、夜彦は苦々しい笑みをこぼしていた。


(どっちがだよ……)

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