第三章(3/5)
翌日の登校中のことである。
「おはよう、虹宮さん」
「おはようございます」
おさげの女子生徒と、白羽はそんな風に挨拶を交わす。
「おはよう、白羽ちゃん」
「おはようございます」
ポニーテールの女子生徒と、白羽はそんな風に挨拶を交わす。
「おはよう、シロ」
「おはようございます」
茶髪の女子生徒と、白羽はそんな風に挨拶を交わす。
それから、二人はそのままおしゃべりを始めていた。
「うちで犬飼ってるって話はしたっけ?」
「はい。ラッキーちゃんですよね」
「そうそう。で、今朝そのラッキーを散歩に連れてった時にさー」
そうして飼い犬の話題で盛り上がる二人をよそに、夜彦はただ黙々と歩くだけだった。
「…………」
白羽といると、自分の社交性の低さを思い知らされる。特に今日は、昨晩弥宵に説教されたばかりだったせいもあって、普段より余計にそのことを実感させられるのだった。
そんな風に、夜彦が朝から内省的な気分に浸っている時のことだった。背後から聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「あの二人って、いつも一緒にいるよね」
「あの二人って?」
「だから、虹宮さんと天原君」
「そういえばそうかもね」
名前は思い出せないが、この声は確かクラスの女子のもののはずである。おそらく、よく一緒にいるのを見かける、短髪と長髪の二人組だろう。
「ねぇ、もしかして、虹宮さんって――」
短髪は声を潜めて言う。
「天原君にパシリにされてるの?」
(あ、周りからはそう見えるのか)
付き合っているどころの話ではなかった。夜彦は改めて自分の顔の怖さを自覚する。
二人組の会話に気付いているのは自分だけらしい。白羽と茶髪の女子生徒はおしゃべりに夢中のようで、愛犬ラッキーから話題を移して、今はどの犬種が可愛いかという話題で盛り上がっていた。
一方、夜彦には相変わらず話し相手がいなかった。だから、悪趣味だとは思いつつ、引き続き二人組の会話に聞き耳を立てるのだった。
「私もよく知らないけど、虹宮さんって天原君の家に下宿してるらしいよ。それで、登校とかも一緒なんじゃない?」
「下宿? 何で?」
「家庭の事情とかなんとか」
「ふーん……」
長髪の説明に、短髪はそう相槌を打つ。しかし、すぐに新しい疑問が湧いてきたようだった。
「でも、下宿ってことは、単に部屋借りてるだけじゃないの?」
「うん。ご飯とかは天原君のおばあさんが用意してくれるんだって」
そう答えてから、長髪はさらに補足する。
「虹宮さんも家事を手伝ってるみたいだけどね」
「へー? 料理とか?」
「うん。毎日、天原君のお弁当作ってるって」
「……やっぱり、虹宮さんってパシリにされてんじゃないの?」
短髪は改めてそう繰り返す。先程のパシリ発言は、単なる冗談だったわけではないらしい。
ただ、長髪の方は本気にしていないようだった。
「パシリ、パシリって、さっきから何でそんな扱いしたがるの?」
「いや、だって、天原君ってヤンキーでしょ?」
「え、そうなの?」
「そうなのって、ヤンキー丸出しじゃん」
(丸出しじゃねーよ)
短髪の言い草に、夜彦は思わず心の中でツッコむ。
「確かに目つきとか喋り方とか怖いなぁとは思うけど」
(思うのかよ)
長髪が納得したようなことを言うので、夜彦はまたツッコんでいた。これまでの話を聞く限り、彼女にはそこまで嫌われていなさそうな雰囲気だったのだが……
実際、長髪の方はまだ半信半疑という風だった。
「でも、本当にヤンキーなの?」
「私、去年も同じクラスだったんだけど、天原君ってちょくちょく授業サボってたんだよね」
(それは悪魔祓いのせいなんだけどなぁ……)
短髪の説明に対して、夜彦は誰にするともなしにそう弁解する。授業中だろうと、睡眠中だろうと、悪魔は無関係に出現するものなのだ。
「しかも、たまに怪我してることがあったんだけど、理由を聞いてもはぐらかされてね。あれは多分、喧嘩が原因なんだと思う」
(それも悪魔祓いのせい)
夜彦は再び弁解する。今時は下級悪魔くらいしか出現しないとはいえ、毎回無傷で退治できるわけではないのだ。
「一部では〝獄山高校の悪魔〟って呼ばれてるみたいだよ」
(祓う方だよ!)
◇◇◇
この日も、昼休みになると、白羽は夜彦のところにやってきた。
「天原さん、一緒にご飯を食べましょう」
「あ、ああ」
前日既に約束していたにもかかわらず、夜彦はうろたえた返事をする。
というのも、今朝の女子生徒たちの会話を思い出していたからである。どうも白羽に弁当を作ってもらっていることで、悪い噂が広まってしまっているようなのだ。
しかし、それを知らない白羽は、お構いなしに弁当の話を続けていた。
「言われた通り、今日のハンバーグソースは醤油ベースのものにしておきましたよ」
どうしてこう間が悪いのだろう。夜彦は渋い顔をする。
「あのさぁ、虹宮」
「はい?」
「今の言い方だと、お前がパシ……俺に命令されてるみたいだろ」
「でも、天原さんがおっしゃったことですよね?」
「それはそうなんだけど……」
白羽は何も間違っていないから、夜彦は言い返せなかった。ただただ昨日の自分を恨むばかりである。
このまま押し問答を続けても、クラスメイトにハンバーグソースの件が知れ渡るだけだろう。そうなれば、さらに悪い噂が広まりかねない。それで夜彦は、逃げるように白羽を連れて教室を出るのだった。
「もう今年の桜も終わりですかね」
「そうだな」
「でも、葉桜もいいですよね」
「毛虫が落ちてこなきゃな」
「うえっ」
校庭のいつもの場所に向かいながら、二人はそんな何でもない会話をする。
しかし、夜彦には一つだけ真剣に聞いておきたいことがあった。
「虹宮、学校で変身しないか不安か?」
「えっ?」
一瞬ポカンとしてから、白羽はようやく答える。
「ええ、そうです。そうですね」
だが、単に変身対策をするのが目的のような言い方をしては、夜彦に悪いと思ったのだろう。慌てて訂正を付け加えていた。
「あっ、でも、天原さんといるのは、それだけが理由じゃないですからね」
「そうか」
白羽の優しさに、夜彦は微苦笑を漏らす。
しかし、その裏では、彼女の真意について考えを巡らせていた。
弥宵は「白羽は変身しないか不安がっているわけではない」と言っていた。念の為に本人にも確認してみたが、今の呆気に取られたような反応を見る限り、おそらくその通りなのではないか。
その上で、白羽の聖人じみた性格を考慮すると、彼女の行動に別の意図があるのが見えてくる。
(ずっと自分が変身した時の為に、俺のそばにいたがるのかと思ってたけど……)
夜彦はこれまでの学校生活や昨晩の弥宵の説教を思い出す。
クラスの人気者で話し相手のたくさんいる白羽と違って、夜彦の話し相手は彼女だけだった。
(もしかして、友達のいない俺に気を遣ってんのかな……)




