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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第三章 虹宮白羽と彼女の気がかり
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第三章(2/5)

 決着がついたのを見て、夜彦は白羽に声を掛ける。


「虹宮、風呂空いたぞ」


「分かりました」


 夜、白羽と弥宵は一緒に居間のテレビに向かっていた。その手にはゲームのコントローラー。今まで二人で対戦していたようだ。


「ぷよぷよやってたのか」


「はい」


「ばーさんクソ強いだろ」


「はい……」


 さんざん負かされたのだろう。白羽は力なくそう答える。一方で、弥宵は「当たり前じゃ。年季が違うわ、年季が」と威張っていた。


 白羽が入浴の為に席を離れると、弥宵は彼女の使っていたコントローラーを指して言う。


「夜彦、お前さんが代わりに入れ」


「まぁ、いいけど」


 と、安請け合いしたのが間違いだった。少しは弥宵に追いついた気でいたが、むしろ以前よりも差をつけられていたらしい。あっさり負けてしまった。


 連敗記録が五まで伸びたところで、夜彦はいい加減忠告することにする。


「……ばーさん、俺にはいいけど、虹宮には手加減してやれよ。ストレス溜まったら面倒なことになるぞ」


「わしも最初はそう思っとったんじゃが、やってる内につい熱くなってしまってのう」


「大人げねーな」


 夜彦は呆れ顔を浮かべる。いっそ赤音に一度殴られた方がいいのではないだろうか。


 とはいえ、もちろん弥宵も、白羽のことを心配していないわけではないようだ。


「ストレスといえば、学校での様子はどうじゃ? 変身するような素振りはないか?」


「俺の見る限りでは大丈夫なんじゃねえかな。友達たくさんできたみたいだし。あれなら、黄希はともかく、赤音や青衣は出てこねーだろ」


「そうか」


 弥宵はホッとしたように息をついた。


「若干、パシリっぽいのが気になるけどな」


「あの子はお人よしじゃからのう」


 冗談めかして夜彦が言うと、弥宵はそう苦笑交じりに笑った。実際、白羽はそのお人よしぶりを発揮して、例の茶髪の女子生徒以外のクラスメイトたちにも授業の予習を見せていたようである。


「それじゃあ、今のところ問題なさそうなんじゃな?」


「ああ」


 夜彦はそう頷く。


 ただ、気になることがないわけでもなかった。


「どうも本人は変身しないか不安がってるみたいだけどな」



          ◇◇◇



 四時間目の授業が終わった直後のことだった。友達同士でお昼を食べようと、生徒たちはそれぞれのグループで集まり始める。


 そんな中、白羽は真っ直ぐに夜彦のところにやってきていた。


「天原さん、一緒にご飯を食べましょう」


「…………」


「だ、ダメですか? もう他の方と約束されてますか?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 夜彦は断る理由を探そうとするが、結局見つからず観念する。


「……まぁ、いいや。行くか」


「はいっ」


 白羽は弾むような声でそう返事をするのだった。


 二人は教室を出ると、校庭の一角に向かった。校舎から離れて人目につきにくい、いつものスペースである。そこにビニールシートを敷いて、向かい合って座るのだ。


「はい、どうぞ」


「……虹宮、変身のことで負い目を感じてるのは分かるけど、そう毎日律儀に作ってくれなくてもいいんだぞ」


 手作りの弁当を渡してくる白羽に、夜彦は表情をこわばらせた。「始業式の日に変身して迷惑をかけたお詫びです」と言うから最初の頃は素直に受け取っていたが、さすがに一週間以上も続くとかえって申し訳なくなってきてしまう。


 しかし、白羽も譲らなかった。


「天原さんは気にされなくて大丈夫ですよ。私、お料理が好きで、むしろストレス解消になってますから」


「なら、いいんだけど。面倒くさい時はちゃんとそう言えよ。たまには俺だって作るし、コンビニかどっかで買ったっていいし」


「はい。分かりました」


 中学時代に料理部に入っていたことや、弥宵の料理をよく手伝っていることから考えると、一応嘘は言っていないと見ていいだろう。そう判断して、夜彦はようやく弁当を受け取る。


 すると、白羽は言い添えてきた。


「あ、今日もハンバーグ入れておきましたよ」


「お、おう」


 ふたを開けてみると、確かにミニハンバーグが入っていた。しかも、飽きさせないように、昨日とは別の種類のソースがかかっている。嬉しいやら、恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、夜彦は何とも言えない表情を浮かべた。


 趣味を兼ねているとはいえ、自分の為にわざわざ手間をかけて作ってくれたのである。味わって食べないのは失礼だろう。


 だから、夜彦は弁当を食べ終えたあとで話を切り出した。


「……なぁ、虹宮」


「何ですか?」


「お前さ、たまには他のやつと飯食おうと思わねえの?」


「え?」


 驚く白羽には構わず、夜彦は突き放すように続ける。


「もう友達いるだろ。そいつらと食えよ」


「どうしてですか?」


「どうしてって、お前……」


 理由を聞かれると参ってしまう。自分で言い出したこととはいえ、具体的に説明するのはさすがに気が引けた。


「こうやって二人で飯食ってると、付き合ってるみたいだろ」


「付き合っ……」


 全く気づいていなかったらしい。今更意識したように、白羽は赤くなっていた。


「そっ、そうですよね。そんな噂が流れたらご迷惑ですよね。すみません」


「いや、迷惑っていうわけじゃないんだけど……」


 白羽が真っ先に謝りだしたので、夜彦はしどろもどろになっていた。白羽が思うような意味で言ったつもりはなかったが、それを説明するのもやはり気が引けてしまう。


「…………」


「…………」


 お互いに、相手の言うことに思うところがあるのだろう。二人の会話はそこで途切れてしまった。


 息の詰まる雰囲気に、先に耐えかねたのは夜彦の方だった。


「……教室戻るか」


「……そうですね」


 白羽もゆっくりとそう頷く。


 しかし、彼女が頷いたのは、あくまでも教室に戻ることに対してだった。


「あの、明日のお昼もご一緒していいですか?」


「…………」


 少し考えてから、夜彦は答えた。


「明日のソースは醤油のやつにしろよ」


「はいっ」


 半ば命令されたというのに、白羽はそう笑顔を浮かべていた。


 それから教室に着くまでの間、


「前と同じソースがいいですか? それとも、アレンジを加えてみましょうか?」


「同じのでいいよ。面倒くさいだろ?」


「そういう理由ならアレンジしますね」


「……好きにしろ」


 などと、二人は明日の弁当について相談をする。


 その最中にも、夜彦は思案を巡らせていた。


(虹宮のやつ、自分が噂されて嫌とは考えねえのかな)


 そういう意図で忠告したことに気づいていないのだろうか。それとも、気づいた上で、噂されてもいいと思っているのだろうか。


 だから、夜彦が考えるのは、白羽が自分のことを好きな可能性――ではない。


(やっぱり、変身するのが不安で俺のそばから離れづらいのかな。人前だと変身しにくいってだけで、絶対に変身しないわけじゃないもんな……)


 夜彦に対応させれば、忘却術で騒ぎをなかったことにしてもらえるのはもちろんのこと、そもそも騒ぎになる前に変身を解いてもらうことも期待できる。その為なのか、昼休みに限らず他の休み時間にも、白羽はよく夜彦の席まで話しにきていた。


 特に食事時は黄希に変身する可能性があるから、白羽としては夜彦のそばを離れづらいことだろう。夜彦もそう思って、人目につきにくい校舎の外で食べるようにしているのである。


 しかし、変身のことさえなければ、白羽はもっと他の友達と一緒にいたいに違いなかった。


(どうにかできるなら、どうにかしてやりたいけど……)



          ◇◇◇



「と、まぁ、そんな感じで、虹宮のやつ俺と一緒にいたがるんだよ」


 夜彦から話を聞いて、弥宵は眉をひそめていた。


「なんじゃ、のろけか」


げーよ、クソババア。今まで何聞いてたんだ」


 夜彦は思わず声を荒げた。本当に何を聞いていたのだろうか。


 だが、弥宵は満更ふざけているわけでもないようだった。


「しかし、本人が変身しないか不安だと言ったわけじゃあないんじゃろ?」


「それはそうだけど……」


 白羽はそういう不安や不満を溜め込む性格だという話ではなかったのか。何故今回の件は違うと言い切れるのか。夜彦にはよく分からない。


 しかし、これで白羽の件は片付いたとばかりに、弥宵は話題を変えていた。


「ところで、そういうお前さんはどうなんじゃ?」


「どうって?」


「だから、学校生活はどうじゃ?」


 弥宵はそう尋ねてから、もっと直接的な表現を使った。


「友達はできたのか?」


「…………」


 夜彦が具体的にいつつまづいたかと言えば、最初のホームルームで行なわれた自己紹介でいきなりつまづいていた。


 白羽が特殊だっただけで、やはり普通はこの容姿が怖いものらしい。教壇に立った夜彦に対して、クラスメイトたちは「怖……」「不良?」と小声で囁きだしたのだった。


 しかも、そのことに嫌気が差して、「ちっ」と舌打ちしたあと、「天原夜彦です。よろしくお願いします」と手短に自己紹介を済ませたのが余計にまずかった。「もう終わり?」「学校なんか下らないと思ってるんだよ」「だから、入学式もサボったんだ」「やっぱり不良なんだ」と、ますます疑惑が濃厚になってしまったのである。


 黙り込む夜彦を見て、弥宵も察したようだった。


「白羽の心配もええが、少しは自分のことも気にしたらどうじゃ」


「あー、はいはい」


 夜彦はおざなりにそう答える。白羽についての話し合いが、まさか自分へのお説教で終わるとは思ってもみなかった。

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