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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第二章 虹宮白羽と最初の一日
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第二章(6/6)

「おはようございます」


「おう、おはよう」


 始業式の日の翌朝のことである。夜彦が居間へ行くと、白羽が台所から顔を出して挨拶してきたのだった。


「今日はレモンバーベナですけど飲まれますか?」


「ああ。それじゃあ、もらおうかな」


 昨日のハーブティーの味を思い出して夜彦は頷く。白羽の言う通り、目の冴えるすっきりした飲み口で美味しかったから、今日のものにも期待ができそうだった。


 ただ、夜彦には気になることもあった。


「昨日のは何て言ったっけ?」


「レモンバームです」


「今日のは?」


「レモンバーベナです」


 どうせ寝ぼけた頭には入ってこないだろうから、夜彦はこの件についてこれ以上深入りしないことにする。


 代わりに、白羽のエプロン姿について質問した。


「もしかして、朝飯、虹宮が作ったのか?」


「はい。昨日のお詫びにお弁当をお作りしようかと思いまして。そのついでに、朝ご飯もと」


「ああ、そういうことか。別に気にしなくていいのに」


「そういうわけにはいきませんよ」


 夜彦は「律儀だなぁ」と呆れ半分に呟きながら、白羽が作ったという朝食のメニューを確認する。焼き鮭、味噌汁、卵焼き、筑前煮、おひたし、そして――


(やっぱり、米なんだな……)


 ご飯の盛られた茶碗を見つけて、夜彦はそのことを再認識するのだった。


 しかし、そうして夜彦がメニューの確認をしていると、どういう訳か白羽はうろたえ始める。


「あっ、や、やっぱりおかずはハンバーグの方がよかったですか?」


げーよ。朝からそんな重たいもん食えるか」


 妙な誤解をされて、夜彦は顔をしかめていた。


 実際、わざわざ個人の好物を用意するような気遣いは必要なかった。それくらい、白羽の作った朝食は絶品だったのである。朝はパン派の夜彦も思わず絶賛していた。


「うん、美味いよ」


「本当ですか?」


「ああ、さすが元料理部だな」


「ちょっとしか入ってないですけどね」


 冗談めかした夜彦の感想に、白羽は微苦笑を浮かべた。


「夜彦、夜彦」


「何だよ?」


 そう返事をすると、弥宵は尋ねてくる。


「わしにあーんは?」


「はぁ? 何でばーさんにそんなことしなきゃいけねえんだよ」


「白羽にはしたじゃろうが」


「あれは話の流れでたまたまそうなっただけだつってんだろ」


 昨日の気まずい気持ちが蘇って、夜彦はつい大声になる。白羽も顔を真っ赤にしていた。


 それでも、弥宵はこの話題をやめようとしなかった。


「まあまあ。わしを介護する時の練習だと思って」


「うるせー、ババア。長生きしろよ」


 夜彦はいっそう大きな声を張り上げていた。



          ◇◇◇



 朝食が済むと、白羽はそのまま台所に残って、弁当の仕上げを始める。


 一方、居間では夜彦が弥宵に相談を持ちかけていた。


「……虹宮のやつ、大丈夫なのか?」


「何がじゃ?」


「何って、また青衣に変身するかもしれないだろ」


 弁当が必要なことからも分かるように、今日からは本格的に授業が始まる。ストレスで変身しないか不安な白羽にとっては、一日中教室にいるのは苦痛に違いない。


 このことを裏付けるのが、白羽の趣味のハーブティーだった。


 たとえば、引っ越し二日目の昼、赤音に変身する直前に飲んでいたリンデンフラワー。これはイライラの解消に効くのだという。だから、結果は無駄に終わったものの、白羽は赤音への変身を予防する為に飲んでいたに違いなかった。


 そして、昨日のレモンバームと今日のレモンバーベナ。これはどちらも目が冴える作用以外に抗鬱作用があり、不安な時に飲むといいとされている。だから、白羽も自分のストレスを自覚しており、今日も青衣に変身する可能性があると考えているのではないだろうか。


 にもかかわらず、弥宵は平然としていた。


「ああ、そんなことか」


 事もなげにそう言うと、夜彦に対して尋ねてくる。


「昨日、白羽はどうして青衣に変身したと思う?」


「学校で変身しないか不安だからじゃねえの?」


「わしはそれは無関係じゃと思う」


 夜彦の推測を、弥宵はあっさり一刀両断した。


「前にも言うたが、白羽は溜まったストレスを解消する為に無意識に変身しておる。つまり、白羽の変身というのは、普通の人間がハメを外す代わりのようなものじゃ。

 じゃが、いくらストレスが溜まっとったとしても、後先考えずにハメを外したら、あとで我に返った時に余計にストレスが溜まるだけじゃろう? じゃから、変身したら逆にストレスが溜まるような状況では――たとえば大勢の人間の前では、白羽が変身することはあまりないようなんじゃ」


「なるほど……」


 どれだけストレスが溜まっていても、体を壊すほど酒を飲んだり、借金を背負うほどギャンブルに熱中したりするところまで行ってしまう例は多くないだろう。それと同じようなものと思えば、理屈としては理解できるが――


「なら、何で虹宮は昨日学校休みたがったんだ?」


「そりゃあ、もっと単純なことじゃろう。まだ転校してきたばかりで友達がおらんのじゃから、学校が不安にもなるわい」


 弥宵の言葉を聞いて、夜彦は思い出す。


〝獄山高校って、どんな学校なんですか?〟


〝どんなって、とりたてて何もないと思うけどなぁ…… 普通だよ、普通〟


〝普通、ですか〟


〝学校なんて、どこも似たようなもんじゃねーの。虹宮は先生がロッカーだったり、授業で魔法習ったりする方がよかったのか?〟


〝いえ、そういうわけではないんですが……〟


 昨日の朝、白羽にはそんな風に学校について聞かれていた。また、白羽が学校のパンフレットやホームページを読み込んでいるとおぼしき形跡もあった。あれは新しい学校への不安から来ていたのだろう。


「あっ、それでか」


 と、一度は納得しかけたものの、直後に夜彦は眉根を寄せる。


「じゃあ、結局今日も変身するかもしれねーじゃねえか」


 むしろ、新学年初日から休んで、友達作りで周囲から一歩出遅れてしまったから、昨日より更に学校に行きづらいくらいではないだろうか。


 しかし、夜彦の心配をよそに、弥宵は呆れたように溜息をついていた。


「お前さんはそういうところがダメなんじゃぞ。友達ならもうおるじゃろうが」



          ◇◇◇



「そういや、虹宮にも春休みの宿題って出てるのか?」


「ええ、出てますよ」


「転校生でも免除されないんだな」


「それは普通そうじゃないですか?」


「いや、引っ越しとかで忙しいだろ。俺だったら絶対やらねーわ」


 何故か当事者の白羽ではなく、他人事のはずの夜彦が渋い顔をした。


 二人は昨日と同じように、益体もない会話をしながら、通学路を歩いているところだった。


 ただ一つ昨日と違うのは、バス停に向かう最中に、白羽が青衣に変身しなかったという点である。


 それどころか、バスに乗車してからも、白羽が変身することはなかった。


「天原さんはどの教科が得意ですか?」


「強いて言うなら英語かなぁ。虹宮は?」


「私は国語が好きですね。特に現代文が好きです」


「へー、家庭科じゃないんだ」


「家庭科も好きですけど……」


 そんなことを話している内に、学校最寄のバス停に到着する。ここからもう少し歩けば、これから白羽が毎日通うことになる獄山高校である。


寒川さむかわは宿題忘れるとうるせーんだよなぁ」


「厳しい先生なんですか?」


「ああ。多分学校一だよ」


 そう答えて、夜彦は一人げんなりした顔をする。


「今年もあの人が担任だったら嫌だなぁ……」


 しかし、彼の人となりを知らない白羽は、別のことを連想したようだった。


「そういえば、クラス分けはどうなったんでしょうね?」


「ああ、それも昨日発表か」


 夜彦ははっとする。大事なことなのに、すっかり頭から抜けていた。


「確認の為に、一旦職員室寄るか」


「はい」


 そう頷くと、それから白羽は微笑みかけてきた。


「同じクラスだといいですね」


「……そうだな」


 夜彦も笑みを浮かべて相槌を打つ。


 その胸中では、「友達ならもうおるじゃろうが」という弥宵の言葉が繰り返されていた。


 赤音だけでなく、青衣や黄希の変身も解いたこと。「学校が始まる前に、変身に慣れられてよかった」と慰めたこと。二人で一緒にゲームをして遊んだこと…… 今日青衣に変身する気配がないのは、どうやら昨日一日の出来事で、白羽がこれまで以上に自分に心を開いたからのようだ。


 そうして二人が並んで歩いていると、とうとう獄山高校の校舎が見えてきたのだった。

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