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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第二章 虹宮白羽と最初の一日
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第二章(5/6)

「えーと、大食いなのは……」


 夜彦は弥宵から聞いた話を思い出す。


〝今現在、白羽はストレスの種類によって、三人に変身することが確認されておる。一人目は怒りたい時の赤音。二人目は怠けたい時の青衣。そして、三人目は食べたい時の――〟


黄希ききだな?」


「はい」


 質問に彼女はそう頷いた。


 ロングの白羽とは対照的なショートカット。髪質もストレートの白羽と違って癖っ毛で、特に頭頂部の髪の膨らみは犬や猫の耳を思わせる。口からは牙のような大きな犬歯が覗いているから、ますますそれらしい。


 また、白羽と比べると、彼女の背丈や胸囲は一回りか二回り以上は小さかった。外見の年齢は、中学生くらいだろうか。


 白羽が黄希に変身した理由は、探るまでもなく本人が口にしていた。


「ご飯はまだですか?」


「今炊くから、三十分くらい待ってろ」


「…………」


「そんな顔されてもな」


 この世の終わりのような表情をする黄希に、夜彦は困ってしまう。もっとも、空腹のストレスによって変身したのだろうから、今すぐ何か食べたがるのも当然かもしれないが。


「じゃあ、ラーメンにするか」


 そう思いついて、夜彦は台所へと向かう。棚を漁ると、醤油味と味噌味の二種類のカップラーメンが見つかった。


「どっちがいい?」


「どっちもです」


「どっちも!?」


 まさかの回答だった。しかし、二種類とも食べなければ白羽に戻れないというなら仕方ない。夜彦は「まぁ、いいけど……」とすごすご引き下がる。


 だが、黄希の空腹具合は、三十分どころか三分も我慢できないほどのものだったようだ。お湯を容器に注いだ瞬間にも彼女は尋ねてくる。


「そろそろいいですか?」


「三分待て、三分」


「そろそろ……」


「まだ三秒も経ってないぞ」


 急かすように言う黄希に、夜彦は呆れ顔をする。彼女からしてみれば、インスタントラーメンは全く即席インスタントではないようだ。


 この様子から言って、黄希は――というか白羽は随分お腹が減っているらしい。しかし、そのことが夜彦には不思議だった。


(普段も晩飯はこれくらいの時間なのに、どうして今日だけ変身するほど腹を空かしてんだ?)


 そう考えた時、思い当たることが一つだけあった。


(昼飯が足りなかったせいか?)


 今日の昼食では、食べている途中で変身が解けて、例のあーん事件が起こってしまった。あの時は気まずさから食べるのをやめただけで、実は白羽はまだ満腹ではなかったのかもしれない。


 ただ、おかげでまだサンドイッチが冷蔵庫に残っていた。カップラーメンが完成するまで、これで時間を稼げるのではないか。


「昼の残りだけど食べるか?」


「はい」


 黄希はサンドイッチを受け取ると、「いただきます」と手を合わせた。


 大雑把な性格の自分が作ったものである。大した出来ではないだろう。作り置きしたせいで、更に味が落ちているかもしれない。しかし、それにもかかわらず――


(美味そうに食べるなぁ……)


 黄希は一口ごとにきらきらと目を輝かせて、噛み締めるようにゆっくりと味わう。青衣の食事風景は無感動にただ栄養を取っているような風だったし、白羽の愛想がいいのは普段からのことである。そこへ行くと、黄希は本当に美味しそうに食べていた。


 そして、それはカップラーメンを食べる時も変わらなかった。いちいち「美味しい」と口にしなくても、表情を見れば黄希がそう思っているのが伝わってくる。美味しそうに食べるというよりも、幸せそうに食べると言った方がいいかもしれない。


 そんな黄希を見ている内に、夜彦もつられるように微笑を漏らしていた。変身を解かなくてはいけないという義務感はある。だが、それとは別に、黄希にもっと食べさせてやりたいという気持ちが湧いていたのだった。


 だから、夜彦は自分の分のラーメンから、チャーシューを取り分ける。


「食べるか?」


「ありがとうございます」


 黄希は嬉しそうにそう答えた。


(大食いってこと以外は、わりと礼儀正しいんだな)


 敬語も使うし、「いただきます」も言う。見た目と食欲は多少子供っぽいが、それを除けば案外付き合いやすいタイプかもしれない。


 だが、お礼に続けて、黄希はこうも言った。


「なんでしたら、メンマも代わりに食べて差し上げましょうか?」


(礼儀正しい……?)


 厚かましく要求してくる黄希に、夜彦は思わず首を捻る。


 しかも、仕方なくメンマもあげたにもかかわらず、黄希は更なる要求までしてくるのだった。


「ご飯はまだですか?」


「今食べただろ」


 二杯のラーメンをスープまで完食してもまだ足りないらしい。ストレス解消の為に変身するだけあって、やはり黄希も一筋縄ではいかないようだ。夜彦は「付き合いやすいタイプかもしれない」という評価を早々に撤回していた。


「ちょっと待ってろ」


 黄希にそう言って、夜彦は台所に立つ。幸いなことに、ラーメンを食べている間に米はもう炊けていた。


 ただ、問題はおかずをどうするかである。用意にあまり時間をかけ過ぎると、黄希がまたうるさいだろう。しかし、冷蔵庫の中を見ても、おかずになりそうなものは残っていなかった。


(おにぎりでも作るか)


 が、夜彦が調理を始めた途端に邪魔が入った。黄希がそばをうろちょろし始めたのである。


「まだですか?」


「待てって」


「まーだーでーすーかー?」


「だから、待てって言ってるだろ」


 夜彦は動物番組のペット自慢のコーナーを思い出す。飼い主がペットフードを用意し始めると、こんな風にまとわりついて催促してくる犬や猫がたまにいるのだ。犬猫サイズならそれも可愛いかもしれないが、黄希くらい大きいとさすがに鬱陶しいことこの上なかった。


(一回、試しに殴ってみようか)


 本当に効かないのか悪魔祓いの術を試す……という名目で、夜彦は黄希たちのことを殴りたくなっていた。


 とはいえ、思っただけで実行に移すほど気が短いわけではない。それだけ白羽が空腹なのだと自分に言い聞かせて、夜彦はせかせかとおにぎりを握る。


「ほら」


 しかし、夜彦があれだけ急いだのに、それでも黄希は待ち切れなかったらしい。


「ちょ、直接……」


 差し出されたおにぎりを受け取らずに、黄希はそのままかぶりついていた。


 ただ、行儀の悪さに呆れる反面、自分の料理をそこまで食べたかったのかと嬉しくなる気持ちもある。だから、黄希が一口食べ終えると、夜彦は感想を尋ねていた。


「どうだ?」


「とても美味しいです」


「そうか。そりゃ、よかった」


 自分も食べたサンドイッチや既製品のカップラーメンと違って、おにぎりは出来が分からなかったから少し不安だった。その為、この日一番の笑顔を浮かべる黄希を見て、夜彦は胸をなでおろす。


 そして――


(あ、もしかして……)


 そして、黄希の満面の笑みで、ようやく気付く。思い返してみれば、白羽も黄希のように幸せそうに食べるものが一つだけあった。


〝……お前、本当にご飯が好きなんだな〟


〝はい〟


 食事中に、白羽とそんなやりとりをしたことがあった。


〝やっぱり、ご飯を食べないと、ご飯を食べた気がしないですよね〟


〝……パンや麺じゃなくて米を食べないと、食事した気にならないってこと?〟


〝そ、そうです〟


〝分かりづれーんだよ。最初からそう言えよ〟


 食事中に、白羽とそんなやりとりをしたこともあった。


(もしかして、〝ご飯はまだですか?〟って、〝米が食べたい〟って意味だったのか?)


 米が好きな白羽は、昼食がサンドイッチ――パンだったことが不満だった。そして、そのストレスを解消する為に黄希に変身して、「ご飯はまだですか?」と何度も繰り返したのではないだろうか。


 しかし、おにぎりを食べ終えても、黄希には「ごちそうさまでした」と言う気配もなければ、満足して変身を解く気配もなかった。むしろ、まだまだ不満そうな顔つきをしていたくらいである。


「……もしかして、おかわりか?」


「はい」


「大食いは大食いなんだな……」


 結局、昼食が少なかったことも、変身の一因だったのかもしれない。もうすっかり解決した気でいたから、夜彦の声には力がなかった。


 こんな小さな体によく入るものである。そう呆れ半分感心半分に思いながら、夜彦はおにぎりを作ると、その端からどんどん黄希に食べさせていく。梅干、おかか、ツナマヨ……


 そして、その最中――


 不意に変身が解けて、黄希が白羽に戻ったのだった。


 それ自体はもちろん喜ばしいことなのだが、当然ながら今度は白羽にツナマヨのおにぎりを食べさせる形になってしまった。昼に続いて、これで二度目のあーんである。


「よ、よう」


「ど、どうも」


 二人の間に、前回以上に気まずい空気が漂う。夜彦は視線を逸らし、白羽は顔を赤くしてうつむく。よりにもよって、今のタイミングで変身が解けるとは、なんという間の悪さだろうか。


 しかも、間の悪いことはまだ続いた。


「おっと」


 ようやく帰ってきた弥宵は、二人の様子を見るなり言った。


「ごちそうさまじゃのう」


「何上手いこと言ったみたいな顔してんだ、クソババア!」


 恥ずかしさや照れくささから、思わず怒鳴り声を上げる。


 しかし、そんな夜彦に謝ったのは、弥宵ではなく白羽だった。


「すみません。朝だけでなく、夜までご迷惑をおかけしてしまって……」


「ああ、いいよ、別に」


 白羽を気遣って、夜彦は鷹揚にそう答えた。


 朝、青衣に変身したのは、学校で変身しないか白羽が不安がっていたことが原因。夜彦はそう推測していた。


 だから、明日の登校までに、その不安を少しでも取り除いておきたかった。


「学校始まる前に、青衣たちに慣れときたかったからな。これでちょうどよかっただろ」


 この返答がどうやら功を奏したらしかった。


「ありがとうございます。明日からは、学校でもよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げた白羽の声は弾んでいて、申し訳なさそうというよりも嬉しそうなくらいだった。

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