彷徨える吟遊詩人(11)
遅くなりました…すんまへん
ゲートを通じて訪れた大阪の街にルケス、メリー、ルフィンは少なからず圧倒されていた。驚いていないのはノックくらいである。
高層ビルの間を縫う様に走る都市高速や環状線。ルケス達が住む星(ナインD)では竜やグリフィンといった大型の生物が現れるせいで5階建て以上のビルすら市街地の中心部にしかなく、飛行を妨げるような道路や電車など皆無だからだ。ノックの話だけでは半信半疑だったルケスも大阪の街を目にすると「ここは確かに違う世界だ」と認識せざるを得なかった。
「トシ、アンタ凄いところから来たんだね」
不安なためトシの腕にしがみつくメリー。
「大阪は日本でも屈指の大都市だからね。まあ、少し離れればトナンやモキータみたいな街もいっぱいあるよ」
平静を装っているがメリーのしがみつかれて少しテンパっているトシ。
「トシ。仲が良いのは構わんが、ホンマにここでええんか? 偉い高級そうやけど…」
「仕方ありませんわ、師匠。ルフィンの事がありますから。まあ、話が上手い事いったら先方が払うてくれますやろ」
一行が着いたのは大阪駅に程近い、、一目でそれと判る高級ホテルである。トシはこのホテルのスイートルームを予約してもらってあった。
天井も高く、二間続きで豪華という表現がしっくりくる部屋に入るとルケスですら部屋の造りに腰が引ける。メリーとルフィンは呆け、トシはもし支払いが回って来た時の事を想像して蒼くなっていた。何せ一泊六〇万は下らないのである。鷹揚に構えているのはノックだけであった。
フロントから連絡が入り、しばらくしてドアがノックされる。
入って来たのは小柄な老人と恰幅の良い壮年の男性、仕立の良いスーツを着こなす紳士である。
トシはすぐさま小柄な老人の前にスライディング土下座を決行した。
「師範、この度は誠に!!」
「智史。おまえ、ようワシの前に顔を出せたな……
ちゅうて文句の一つも言いたなるけど、よっぽどの事なんやろ? しかもワシの口利きでこのお二人にご足労願うんや。何があった?」
「それはあちらの方からご説明します。
ご紹介します。ボクが今お世話になってるノック・クラークケント師匠です」
「お初お目にかかります。ノック・クラークケントでおます。失礼ながら」
「これはこれは。日本語お上手ですな。
ワシは昔コイツに合気を教えとりました篠浦と申します。こちらの恰幅の良い御仁は府警で警邏部長をされとる五條はん。こちらは市の助役の太田黒はんです」
「お忙しいところお呼び立てしてホンマすんません。
まず話をする前に、コイツを見てほしいんですわ」
そう言うとノックはルフィンを手招きする。
ルフィンはそれに応えるとグリフィン体型をとった。
「驚かせてすんません。せやけど、百聞は一見にしかず言いますやろ。ゴチャゴチャ説明するより見せた方が早い思いましてな。
あ、心配いりませんよって。コイツは智史の友達でっさかい」
「つまり、見た目はごっついけど」
「中身はお笑い芸人ですわ。
実はワシ等は、こういうのがおる世界から来ましたんや。ほんで、その世界と大阪が繋がってしもうとるんですわ」
グリフィンに驚いたものの、五條部長も太田黒助役も肝が座っている。
「ノックさん…それはどう言う事ですか?」
「文字通り、ドアで繋がっとるんですわ」
そう言うとノックは三人を前に説明を始めた。
曰く、人間の勝手な行き来は避けたい事。
曰く、おそらく期間限定で、1〜2年で繋がりは切れる事。
曰く、折角繋がっているんだから文化交流、技術交流してみないかと言う提案。
曰く、出来ればおおっぴらにならないようこっそりやって、お互いの世界の一部の当事者だけで利益を独占したい……
「……っちゅう事ですわ」
「確かに犯罪者の逃亡先になったら事ですわな」
「検疫の問題もおますわ」
「お互いに人数絞って」
「権益独占と……」
「お主も悪よのう」
「いえいえ、助役様ほどでは」
腹の読み合いをし、互いに含み笑いをするノック、太田黒、五條。
「どないです、これからウチの方に来てみませんか?」
「そんな簡単に……もしかして、そんなにお手軽に行けるんでっか?」
「ドアはウメ地下にあるんですわ」
トシはピーピー泣きながら、頬擦りしてくる父親から逃げようともがいていた。しかし、トシが逃げようとする事を見越していた篠浦師範に捕まり縛り上げられている。些細な抵抗しかできなかった。
「父ちゃん心配したんやぞ〜〜」
嗚咽を上げながら傍目も気にせず抱きしめるトシの父親。
「オトン〜〜分かっ、分かったからもうやめ〜!!」
トシの顔は父親の涙と洟水と涎でベトベトになっている。
その姿を見て目尻を押さえるルフィンとメリー。
「親の愛情って素敵ね、トシ」
「思いっきり笑いながら言うな〜!!」
トシは父の愛を十分ほど堪能させられた。
「これが無きゃ、いいお父さんなんだけどね」
「マユ、今日は仕方ないやん。一年近くも音沙汰無かったんや」
「オカン、ウチもそう思うたから止めんかってんやで」
「ウソつけっ! オモロがっとったやろ!」
「兄ちゃん、この一年オトンの好き好き攻撃誰が受けとったと思てんねん!!」
「……ごめん」
「メリーお義姉ちゃん、ルフィンさん。
改めて紹介します。こちらがウチ等のオトンとオカンです。
オトン、オカン。こちらは兄ちゃんのツレのルフィンさん。
こちらはなんと兄ちゃんのコレのメリーお義姉ちゃん」
「マ、マユちゃん! いきなりお義姉ちゃんだなんて!!」
「「マユ、その嘘ホンマか!!?」」
「その嘘て…ホンマやで、オトン、オカン」
「そうか〜! 智、おまえ、よかったなあ」
「真人間になってくれたんやね。母ちゃん嬉しい…」
「真人間って。オカン、ボクの事なんや思うててん」
「聞きたいんか?」
「……やめとく」
「ホンマモンのクズやったらどないしょうと思うてたんや」
「やめとく言うたのに言うな!!」
「淑恵、その辺にしとき。
ところで、メリーさんでしたっけ?
この子のこと、末永うよろしくお願い申し上げます」
「いろいろと迷惑をかけると思いますが、仲良うしたって下さい」
「ちょ、ちょっと待ってください、お父さん、お母さん!」
「メリーお義姉ちゃん、悠長にしてたらアカンで」
「!! マユちゃん?」
「ゲートって、ずっと繋がっとるん?」
「!」
「ずっと繋がっとる言うんやったら恋人の時間を楽しむのもエエけど、ちゃうやろ」
「う、うん…」
「スパーと決めてまわんかったら、兄ちゃんこっちの世界に逃げてくるで? エエのん、それで」
「マユ、おまえなし崩しに話を決めようとしとるな!?」
「兄ちゃん、黙ってエ!!
メリーお義姉ちゃん、コイツヘタレやからすぐ逃げようとするで? エエのん、、それで?」
「それは…」
赤面しながらも煮え切らないメリー。
「兄ちゃん!」
「な、なんや」
「ここ、スイートやで」
「!?」
「最高のシチュエーションやで?
こんなエエ部屋、二度と使えんで? 最高の思い出作るチャンスとちゃうか?」
「「え? えええ??」」
「兄ちゃん、ファイト!!」
その場にいる全員がマユの声に合わせてポーズをとる。
「メ、メリー……」
「……トシ……」
心臓の音がだんだんと大きくなる…
意を決したトシが一歩踏み出そうとした瞬間、ドアのベルが鳴った。
「恐れ入ります。先程太田黒様より当部屋のキャンセルが入りました。
申し訳ございませんが、一時間以内に退出をお願いします。
なお、キャンセル料は市が支払うとの事ですので、ご安心ください。
では、よろしくお願い申し上げます」
事務的にそれだけ告げて退室するホテルマン。
舌打ちするマユ。
「なんや、マユ。言いたい事があるんなら言えよ」
「兄ちゃん今少しホッとしたやろ?」
「え…」
「せやからヘタレっちゅうんや! 決める時はビシッと決めたらんかい、ビシッと!」
「マユ…せやな。おまえの言う通りや。兄ちゃん漢見したる。
せやからな、マユ。頼みがあるねん」
「なんや?」
「このヒモ解いてくれ」
「忘れとった…」
「忘れな!! それに見たら分かるやろ!
それに、オトンの洟水と涎だらけの顔でキスされたいヤツいてる思うんか?」
「そんな事されたら」
「されたら?」
「明日の朝、南港にコンクリが一つ沈むなあ」
メリーとルフィンが首を傾げる。
「トシ、南港って何? コンクリってどう言う事?」
「そうか、アッチには海や港が珍しかったな。コッチでは海路で大量に物を移動させるのに船っちゅう物を使うんや。で、その船が停まる場所が港」
「海…見てみたいなあ」
「後で行こか。
ほんで、コンクリが沈むっちゅうのはや。死体をそのまま海に放り込んだら浮いてくるやろ? 浮いて来んようコンクリートの服を着せてから沈めるんや」
「「怖!! つまり殺されるって事だろ?」
「うん」
「兄ちゃん、要らん事くっちゃべってないで早よ顔洗うといで。言うとくけど、逃げたらケイ姐さんにお仕置きしてもらうから」
「な、なんでおまえケイ姐さんの事を」
「ルケスさんに教えてもろうた」
「…いや、そうは言うても心の準備が…」
「往生際が悪いわ!! メリーお義姉ちゃんが好きか嫌いかっちゅうだけの話やんか!
好きなら好き、嫌いでも好きと言わんかい!」
「無茶苦茶や!」
「男の娘になるか!!」
「それはイヤ!」
「ガッと抱きしめて!」
メリーを抱きしめるトシ。
「告る!」
「好っきゃーーー!」
「肩を掴んで一旦離れる!」
離れるトシ。
「引き寄せて唇を奪う!」
「待って! 顔を洗ってからにして!! いやアアア!!!」
メリーの叫びはかき消され、唇を奪われる。
「そのまま押し倒す!」
「コラ! やり過ぎや、マユ!!」
「痛あ。オカン、何すんねん」
「一時間で出なアカンねんで? 何回できる思うてんの?」
「あ…」
「初めての時なんて、お父ちゃん二日寝かしてくれんかったんやで」
マユとオカンのやりとりにルフィンはドン引きになった。
「……トシ、おまえンとこの、ケダモノやな」
「大阪のオバハンは皆んなあんなモンや」
「トシ…」
「メ、メリー…勢いでつい。ごめん」
「ううん。それより顔洗おう?」
何はともあれトシのプロポーズは成功したようだった。




