彷徨える吟遊詩人(7)
トシは追ってくるテリーナの気配が無くなった事に安堵しつつも訝しんでいた。身体能力からして、自分ではテリーナから逃げ切れる筈がない事は良く分かっている。
何があった?
通信石が震えた。ルフィンからの通信である。
「なんだよ、裏切り者」
『そう言わないでよ、トシ』
「煩ぇ、この恨みは忘れないからな。」
『ごめんって。そう怒んないでよ。友達だろ?』
「まあ、おまえはそう言うヤツだからなあ。
ところで何の用だ?」
『親父がこっちに来ててさ。で、トシに言わなきゃなんない事があるって』
「?」
『トシ、今どこに居るの? そっちに行くから』
「じゃあ、北公園の時計塔のトコにいるわ」
『分かった。後でね』
ルーダさんが? 何だろう?
トシは首を捻りながら北公園に向かった。
ノックは回収できたゲートの残骸を前に、一息ついた。グレーテルやテリーナも疲れ果てている。
「ベガ公、どないや、全部あるか?」
集められた瓦礫を確認していたベガは首を振った。
「ノックさん、扉一枚分くらい足りないようです」
「まだか……何処にいったんや……」
「かなり広範囲まで探したんですけどね…」
「もう無理〜、脚が動かない〜〜」
グレーテルは泣きが入っている。
「後は根気良う探すしかないな。おかしなトコに繋がっとらん事を祈ろ」
「誰かが開けない事も、です」
「ところで、ゲートの事は上司に報告したんか?」
「そう言えばまだでした」
「すぐにやっとき。報連相は社会人の基本やで。
ほんで、その後ワシに代わってんか。おまはんの上司に一言言いたいんや。『何考えとんじゃ!』ってな」
「お手柔らかにお願いしますよ」
ベガは上司とのホットラインを繋いだ。
『イヤアアアアアアアアア!!!』
ベガは咄嗟に通信を切った。
「「「……」」」
「なに? 今の」
「ベガ〜。おまえ、どこにかけたの?」
「そうですよね、きっとかけ間違えたんですよね、きっと…」
「ホットラインでかけ間違いか?」
……
全員、目頭を揉んだ。
きっと疲れている所為だ。
「気を取り戻して……もう一度…」
『や、やめろ!! 何だその手に持った物は!
悪かった、なんか知らんがワシが悪かった!!
だ、だから…な? な?
よ、寄るな! 寄るんじゃない!!
いや、いやああああああああああああ……』
沈黙が降りる。
「ベガ、おまはんの上司って第何階梯やったっけ…」
「5階梯です……」
………
「なんか上位階梯も大変そうやな。後にしよか…」
ノックは下界に降りてから「諦める」と言う事を覚えていた。
「おハナ、コレおまはんのところで管理しとってくれんか? ほっとく訳にもいかんしな」
「それがいいですね。胡乱な場所に置いとく事もできませんし」
「ベガ公。ネエちゃん。運ぶの手伝ってや」
4人はゲートの瓦礫を抱えてマーカス教団の事務所に向かった。
「せや、ルーダ。ルフィンに教団にトシを連れてくるように言うとってんか」
「承知しました、ノック様」
トシは北公園の時計塔に着くまでもなくルフィンを発見した。
「お〜い、ルフィン。何してんだ?」
「あ、トシ。あれ見てよ」
ルフィンの指し示す先で獣人と誰かがバトルをしていた。
「ん? あれ、タカじゃないか?」
「やっぱり。トシもそう思う?」
「で、相手は女の子に見えるんだけど」
「うん。あの娘スゴいんだよ。
さっき2人ばっかりのしちゃってね。で、止めに入ったタカとバトル始めたトコなんだ」
「獣人相手に? 本当⁉︎」
「本当」
「あ左手を差し出した」
「何しようとしてるんだろう」
「手四つを誘ってるんだ。力比べだよ」
「獣人相手に力比べ? 無謀だよ」
「ああ、手四つの体勢に入った! これは無謀だ!」
トシにスイッチが入った。
「いや、これは手四つに見せかけて相手の腕を抑える作戦か!
右足の蹴りがタカの腹に食いこんだ---!
そして右足を踏み台にして左足が顎を捕らえる!
そのまま---バク宙して着地、ムーンサルトキックが見事に決まった---!!」
「タカ選手は何が起きたのか理解できてませんね、トシさん」
「見事に後ろに倒れましたからね」
「しかしあの女性選手、凄いですね。山猫の様な動きでした」
「あ、ここで無防備に立ち上がっては危険だ---
リンクス選手の右回し蹴りがタカ選手の首を襲う!」
「あ、タカ選手、リンクス選手の足首を掴んだ!
さすがは獣人。見事な反射神経です」
「いや、これは悪手ですよ。
リンクス選手の左回し蹴りが首を襲い、両脚でタカ選手の首を挟む!! そして反動をつけ……決まった---!フランケン・シュタイナー!!
タカ選手、そのまま地面に叩きつけられた---
リンクス選手の左腕が高々と天を指している!」
「人差し指と小指を立ててますね。あの形はなんですか?」
「あの形は正しくテキサスロングホーン! と言う事は…」
ウイ------!
「キタ---!! 出るか伝家の宝刀、ウエスターーン・ラリアッ---ト---!! 決まった!!
死神の鎌がタカ選手の首を刈り取る!
立ち上がろうとしていたタカ選手、首を起点に下半身が浮き上がり、そのまま地面に落ちた---!!」
「あ、リンクス選手、倒れたタカ選手にストンピング攻撃を仕掛けてますよ」
「容赦がありませんね。あ、リンクス選手、今度はタカ選手の左足首を掴んだ!!
この体勢は? テキサストゥホールドだ!!
1回転…2回転…タカ選手の顔が苦痛に歪む!
ああっと、リンクス選手、3回転で足を離した〜」
「何をするつもりですかね〜」
「おおっと、不用意に上体を起こしたタカ選手にヤクザキックが炸裂!
勢い余って持ち上がった両足首を掴んで……
左の小脇でロックしてホールド!
サソリか? サソリなのか!?
ロックされた足首からサソリの毒が回る!」
「いやあ、リンクス選手は多彩な技をお持ちですね」
「タカ選手、耐える! 耐える!!
ひっくり返ったらお終いだ!
しかしダメだあ---!!
リンクス選手はタカ選手を逃さない。
ターーン…オーバーー!!!
決まった、スコーピオン・デスロック!!!
タカ選手、堪らずタップする。試合終了! 」
トシはスマホに入れているゴングを再生かせる。
「因縁の試合はリンクス選手の完勝で幕を閉じました〜!!」
いつの間にか集まっていた観衆が歓声を上げ、リンクス選手と呼ばれた女性がそれに応えて手を振っていた。
「興奮冷めやらぬ北公園時計塔前特設会場、実況はサトシ・クガと」
「グリフィン・ザ・ルフィンがお届けしました」
「あれ? リンクス選手がこっちにくるよ、トシ」
「ん? あれは……」
ちょっと悪ノリしました。




