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NDK黙示録  作者: つくも拓
第2章 トナン編
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彷徨える吟遊詩人(4)

お待たせしました。え? 誰も待ってない?

トシはルケスから渡された収支決算書に蒼ざめていた。そこには約六百万近い赤字が計上されていた。

トシは恐る恐るルケスの顔を伺う。

「あと2日ばかりあれば、な。

しかしトシよ、お前は実際良くやったよ。

誰も知らない全く新しい舞台を半月で作り上げ、成功させたんだ。実際あと2日小屋をおさえることができていたら、間違いなく儲けが出ていた。

ケイお嬢が言ってた通り、凄いヤツだよ、お前は」

ルケスの声が優しい。

「しかしなあ、トシ。努力それ過程それ結果これ赤字これなんだ。その金額はさすがに見過ごせない。分かるな?」

トシは肯くしかなかった。ルケスの優しい声が今は何より怖かった。

「ましてや、お前はお嬢の紹介とは言え客人なんだ。穴は埋めてもらわなきゃならない」

「穴に埋める!?」

「埋めて欲しいのか?」

トシは慌てて首を振る。

損失あかを補填しろって事だ。分かっててボケるな。真面目な話をしているんだ。

まあ、お前が断ったり払えなかったりする場合はお嬢にケツを持ってもらうことになっているがな」

ケイ姐さんにケツを持ってもらう?

確かにケイ姐さんならケツを持ってくれるだろう。しかし、それはケイの取立てが始まることを意味する。

ケイ姐さんとルケスの兄貴、どっちが怖い?

トシは暫くの葛藤の結果、確実ケイな恐怖より未知数ルケスの恐怖を選んだ。

「ルケスの兄貴、自分のケツは自分で拭きます。こんな所でいちいちケイ姐さんの手を煩わせてちゃ、俺を期待して送り出してくれた皆さんに面目が立ちません」

「そうか。お前も一端の漢だな。よくぞ言った。

じゃあ、一週間以内に頼むぞ」

「え!?」

「『え!?』ってなんだ?」

「幾らなんでも…」

「おいおい、今日は何日だと思ってるんだ?

今月の締日まで十日もないんだぞ?」

忘れてたッ!

「でも一週間で六百万は」

「『カッコいい帯の回し方』」

食い下がろうとするトシに、ルケスはある書籍の名前を口にした。

ギクリとするトシにルケスは畳み掛ける。

「クロコダイルブックスだったかなあ」

「ど、どうしてそれを?」

「次の予定は『帯回しの美学』だったかな? 

こんなモンが来てたので訊いてみたら教えてくれたよ」

「……」

「それくらいの伝手はあるんだよ。三富うちにはな。幾ら位ある?」

「…五百と三十ちょっと位です」

「分かった。正直に話したんでアネッサの方は勘弁してやろう。あとは私が埋めておく」

アネッサの事まで……トシは冷汗が止まらなかった。ビビってつい正直に喋った事に安堵していた。

「ありがとうございます、ルケスさん……

じゃあ、今日はこれで…失礼します」

「待ちな。コイツを持っていきな」

そう言うとルケスはトシにズクを三つ投げる。

ズクとは十万づつゴムでまとめた物である。トシは吃驚してルケスを見た。

「ルケスさん、これは」

「私のポケットマネーからの褒美だよ。

少し位は憂さを晴らしてくればいい」

「いいんですか…」

「組の金庫を預かる身としてはケジメをつけなくちゃいけねえ。それは分かるな」

トシは肯く。

「だがよ、私個人の気持ちとしては頑張った若いモンは報われて欲しいんだよ。じゃないと、誰も挑戦なんてしなくなるからな。次は頑張って儲けを出しな。

それに、この舞台を観て既にオファーが来てるんだ。

今日は命の洗濯をして明日十時に顔を出しな」

そう言うとルケスは部屋を出るよう合図をする。

トシは一礼し退出した。

部屋を出たトシを待っていたのは三富組の面々だった。

「トシ、大分アシが出たんだって?」

「あんなに頑張ったのに残念だったな」

「これ少ないけど、取っとけ」

「次は頑張れよ」

口々に励ましながらトシの懐に札をねじ込んでいく。中には、クシャクシャでいかにもなけなしのお金である事が分かる札もあった。

仲間ひとの情けが身に滲み、トシは込み上げる涙が止まらなくなった。


トシが出て行ってのを確認し、ルケスはノックに電話を繋いだ。

「ノックさん、ルケスです。例の件、ご指示通りに致しました」

「ルケスさん、無理言うて済まなんだ。これこの通りお詫びしますわ」

「いえ、師匠の頼みでしたら否応ありませんが、本当にこれで良かったんですか?」

「トシに暇と金銭かねがあるとドえらい事になりまっさかい、しょうがないんですわ」

「トシだけに厳し過ぎでは?」

「あいつの相方のタカは、知識と考えが足りんだけのアホやさかい放っておいてかんまん。ルフィンも性癖と性格が難儀なだけのアホやさかい、どないでもなるんですわ。

せやけどトシは、能力スペックがかなり高い。せやけどその高いスペックを全力でアホな事の為に使いよるんや。正直、あいつは何を仕出かすかワシにも想像がつかんのや。

それでも制御コントロールできるなら構わんけど、時間ひま資金ゼニ潤沢たっぷりあったら制御できるかどうか…」

「確かに…スペックは高いですね」

ルケスはこの街に着いてからのトシの実績を振り返り、舌を巻いていた。

不知火の連中を抱き込んで「代官用心棒ダンサーズ」を結成し悪代官ショーの幅を広げ、悪代官マクマホンと組んでHow To本「カッコいい帯の回し方」を出版。亜流が出始めるとHow To本を捨て「帯回しの美学」をマクマホン名義で執筆中である。

また幼稚園児から小学校低学年層に悪代官人気がある事を受け、通信教育大手のアネッサと共同で低年齢層向けの教育Webコンテンツを作成中である。

そして今回のタカラヅカ舞台。

よくもまあ次から次へとと呆れ返る。

しかもその全てで儲けを出している。トシには捏造した収支報告を見せて騙しているが、タカラヅカの舞台すら本当は黒字なのである。

ノックの言う「アホな事」には遭遇していないが、このスペックで何かを仕出かされる事を想像すると確かに驚異である。

「何か思い当たる節がある様でんな。

まあ、あいつから金銭ゼニを巻き上げた事が気になるんでしたら、どこかに貯めておいてやってもらえまへんやろか?

ほんで、大きな資金ゼニが要る時には、ルケスさん、あんさんが監修してやってもらえませんやろか?」

「…ケイお嬢とノック師匠の頼みとあらばお断りできませんよ。

どこまで手綱を取れるか分かりませんが、誠心誠意努めさせていただきます」

「あんじょうお願いします。一段落したら、一回そちらに顔を出しますわ。ほな」

「楽しみにお待ちしております。では」

ルケスはノックと直接話をできた事に興奮していたが、トシの扱いについてはやはりやり過ぎではないかと思っていた。

「まあ、暫くはタカラヅカの第二弾、三弾とマーカス教団の仕事で暇はないだろうからな……」

そう自分を納得させ、ルケスはマーカス教団からの依頼書に目を通し始めるのだった。

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