彷徨える吟遊詩人(2)
グレーテルは近づいて来たその男の言葉に思わずツッコミを入れていた。
「やは、素敵なお嬢さん。月が綺麗ですねえ」
「?……いまは昼間じゃ、ボケェ!」
聞き耳を立てていた何人かがズッコケているのが見える。
「いきなり何のつもりよ、あなた」
「失礼、貴女のお美しさに少し理性を失いました」
「面と向かって美しいと言われると悪い気はしないけど、それってナンパのつもり?」
「ええ、ナンパです。よろしければ私と愛を語り合いませんか?」
「お誘いは嬉しいけれど、私には崇高な使命があるのです。残念ですが」
「崇高な使命とは? 二人の愛を遮るほどの使命などがあると言われるのですか」
「私はこの世界に愛を広める使命があるのです」
「愛、それは甘く」
「愛、それは尊く」
「愛、それは気高く」
「愛、それは美しく」
「愛、それは淡く」
「愛」
「愛」
「「あ〜あ〜い〜〜」」
いきなりミュージカル、いや、歌劇が始まった。
誰か止めろよ、とは思うが観ている方が面白いので誰も止めようとしない。メリーはその事を後悔する事になるのだが…
「あなた、なかなかおヤリになるわね」
「そう言う貴女もね」
「そんなあなたならお分かりになるでしょう? 愛の素晴らしさを世界に遍く広める事の偉業が」
「ええ、もちろん」
「では、あなたも共に広めましょう! この素晴らしい愛を!」
「では早速二人の愛を確かめましょう!」
期待で胸と股間を膨らませて詰め寄るトシ。
「さりながらこの身は女性、あなたの至高の愛を体現する事は叶いません」
「は……はいぃぃぃぃ?」
「なにを驚いているのです? BLこそが至高の愛。この身が男性であれば」
「男性だったらナンパしてませんよ」
「女を相手に? 汚らわしい」
「どこが!?」
トシはグレーテルを相手取り大舌戦を繰り広げだした。
売り言葉に買い言葉。
目くそ鼻くそ……。
激昂しているため周囲から聴いていると訳が分からない部分も多々あるが、当事者の二人は気にならないらしい。いつのまにかできた人集りにもお構いなし。
最初から見ていた野次馬が飽きてきた頃、二人の闘いは一旦終結を迎えた。
「半月後ですわよ!」
「ああ! 楽しみに待っててくれ。俺がアンタに見せてやるよ。女だけで作られる素晴らしい愛の歌劇、タカラヅカをな!」
メリーは特訓に次ぐ特訓でプルプル悲鳴をあげる筋肉と、ボイストレーニングでハスキーになりつつある声に苛まれていた。
「なんでこうなった……」
「なんとかしろって言って来たの、メリーだろ! それに、出来る事は何でもするって言ったよな!!」
「だからって!」
「あーーー、もうガタガタ噪ぐな! こっちも時間がないんだよ!」
「でも、なんでアタシが!」
「主役は男装の麗人なんだよ! メリー以外に適任が居るか? 美人でサラシを巻く必要も無くて、オマケにシンクロまで使えるんだ。代わりが居るなら連れてきてくれ!」
「それは……」
美人と言われたのには照れるがサラシを巻く必要がないと言われたのは複雑である。シンクロを使える人が他に居るかと言われると当てはない。
「それよりノアちゃんはいつこっちに来れる?」
ノアちゃんとはモキータでメリーと組んでた増幅能力者である。
「あと3日かかるって」
「なら間に合うか。通し稽古に少しでも時間が欲しいから暫く邪魔しないでくれ」
トシはいま、シナリオ作成に加え舞台監督との打ち合わせ、作曲家への依頼、プロダクション所属の女優や花街のお姉様方との出演交渉とやるべき事が目白押しなのである。宝塚のベルバラをこちらの世界風にアレンジしているのでストーリーなんかは問題無いが、作曲なんかは出来るはずも無く舞台もドがつく素人なのだ。しかしこちらの人間は宝塚の舞台を観た事があろう筈も無い。
新しい試みである事、時間が半月しかない事を踏まえて渋る相手との交渉を繰り返すしかないのだ。グレーテルへの対抗心だけがトシを支えていた。
通し稽古に入るとトシは演出に参加し始めた。演者の中で素人のメリーにはルフィンの通信石を用いて指示を飛ばす。何せ時々セリフも忘れるので通信石でのフォローが必須なのだ。
『シンクロ!』
要所でシンクロの指示を出す。
これが決まると感情移入が見事にハマる。
初めはメリーが主役を演る事に不満を抱いていた大御所女優のランさんやマオさんも、今ではメリーの演技指導に協力してくれていた。
舞台に大階段も設置し、設営も完了した。
音合わせもなんとか間にあった。
メリーのシンクロに合わせ、ノアのブースター発動のタイミングもバッチリ。
いよいよ開幕のベルが鳴る。
次回で前半終了予定です。
なる早で投稿します。




