邪教・暴竜、そして真実の愛(12)
トシは思う。何故もう少し詳しく計画の説明をキングやケイ姐さん達の前でしておかなかったのかと。そうすればこんな目には合っていなかったのではないかと。「後悔先に立たず」の言葉を噛み締めながら、トシはいま街灯を振り回しながら追いかけて来るテリーナから命がけで逃げ回っていた。
トシの立てていた計画は亜メリー達をカメラを設置してある中央広場に誘導し、他人の胸を揉みしだくようなオッサンくさい行動を繰り返していると男性化するという方向に持っていくため一芝居打つ事だった。そして、絶対失敗しないために少し大袈裟に演じた。
これがうまく演じ過ぎたらしく、メリーの母親であるテリーナの堪忍袋の緒をブチ切ってしまったのだった。
「アメリアーーー! このバカ娘がァーーー!!」
「ゲッ⁈ お母ちゃん⁇」
文字通り宙を駆けてきたテリーナの拳が迫る。間一髪で避けたメリーのいた場所にテリーナの拳が突き刺さる。その衝撃で地面が揺れた。
脱兎の如く逃げ出すメリー。トシは慌ててメリーを追う。
「メリー! 何逃げてんだよ! 戻れ戻れ!」
「アレ見てそんな事言ってられる!」
テリーナは肘まで埋まった腕を地面から引き抜くと近くの街灯に歩み寄った。テリーナが腕を振ると、街灯は腕が通った高さから地面に滑り落ちる。テリーナはその街灯を片手で掴むと頭上で振り回した。
その風切り音を聞いた途端、トシも迷わず走り始める。
「オッサンくさい事ばっかりしくさって、このバカ娘がーーー!」
棍棒代わりに振り下ろされた街灯が右に左にメリーを掠める。
ここなら無碍に攻撃はしてこないと思い、亜メリー達の中に逃げ込んだトシとメリーだったが、街灯は容赦無く振り下ろされる。
「オッサンくさい娘さ居ねぇがーーー」
「悪さばっかする娘 さ居ねぇがーーー」
テリーナの声と街灯を振り回す姿はメリーのシンクロで周りにも拡散していく。しかもメリーの脳内フィルターで増幅されて。現場は阿鼻叫喚の渦に巻き込まれていった。
『トシ、メリー。まだ生きとるか!?』
通信石を通じてノックの声が脳に響いた。
『まだ生きてます! 助けてください、師匠!!』
『いまそっちに向こうとる! 三十秒でええ、テリーナの動きを止めや』
『そんな、無茶ですよ』
『できなんだらミンチになるだけや、死にたなかったらなんとかせい!』
「トシ、どうしよう?」
「なんかテリーナさんの弱点ってないのか?」
「お父ちゃん」
「それや! 今何処にいる?」
「分からないわよ。少なくともモキータには居ない」
「間に合うかーーー!」
「お母ちゃん止める方法は一つある。後で凄く面倒な事になるけど」
「今のままで後の人生があると?」
「……トシ、責任とってよ」
メリーは視界の隅にノックの姿を確かめるとトシに縋り付いて転倒した。
音の消えた世界で街灯が地面を引き摺られる音だけがガリガリと聞こえた。無表情のテリーナが二人に迫る。
「アーーメーーリーーアーーー!」
「お、お母ちゃん……」
「なんだい?」
メリーは腹部を抱えて蹲っていた。
「お母ちゃん、お願い。お腹だけは、この子だけは助けて…」
「「えッ!?」」
テリーナがフリーズする、ついでにトシも。
「ア、アメリア、それってもしかして?」
メリーはしおらしくコックリ肯く。
「でででで、ああああ相手は」
メリーはそっとトシの方に視線を向けた。
「そうかい、そうかい。アタシはついにおばあちゃんになれるのかい。アタシは半分諦めてたんだよ、それが」
「お母ちゃん、ひどくない、それって」
「だっておまえ、その胸でその性格だろ? そのうち『この人と結婚します』って、嫁を連れて来るんじゃないかって本気で心配してたんだ。
でも良かった。本当に良かった。アタシはもう嬉しくて嬉しくって」
「お母ちゃん…」
メリーはお尻がむず痒くなった、主に後ろめたさで。
テリーナはメリーの隣で大口を開けているトシの方を向いた。
「トシさんでしたっけ? まさかあなたがメリーの佳い人だったなんて。不束な娘ですけど末長く宜しくお願いしますネ」
「テ、テリーナさん…あのね」
「もう! テリーナさんだなんて、他人行儀な。
お義母さんって呼んでくださいな」
「い、いやそれは」
「照れなくていいのよ。ハイ、お・か・あ・さ・ん」
「おかあさんやないわ、このアホたれが!」
ノックのハリセンがテリーナの顔面をクリーンヒットした。
「アタッ! って、あれ? ノックさん?」
「あれ?やないわい! 後ろ見てみい!」
「え? ……あッ」
そこには巨大メイスと化した街灯に抉られ、多くの傷痕を残す街があった。
「テヘッ」
「何がテヘッや!そんなんでごまかせるかい! 妙に可愛いらしいのが余計に腹が立つわい。
大体、オドレが見境のう暴れたらどうなるか分かっとるやろうが!」
「見境なく暴れたりしてません、ちゃんとエモノ使って加減してました〜」
「まあ確かにエモノ使えばエモノの強度までしか壊せんわなって、それでこれか!」
その時最初に殴りつけた場所から温泉が吹き上がった。
「あ…最初の一発は素手で殴ったんだった」
「… 一体どんな力しとんねん、この辺りって二百メートル位掘らんと温泉なんて湧かん筈なんやが……
ホンマ、頭に血が昇ったら見境がなくなるの、まだ治っとらんかったんか」
「ごめんなさい……」
「話しは戻ってからやな。おハナ、とりあえず後ろの娘等をなんとかしい」
テリーナが振り向くと亜メリー達は正気に戻り怯えた表情でテリーナを見ていた。
「今やったらおまはんの精神干渉で何とでもできるはずや。二度と亜メリー化せんよう具合良頼むで」
テリーナは頷くと、亜メリー化が解けた女性達に向き直った。
「迷える子羊共、二度と他人を襲ったら承知しないよ!! 胸で悩んだらうちにおいで! マーカス愛の伝導教団はいつでも扉を開いてお前達を待ってるよ」
テリーナの角が微かに輝きを発している。
恐怖の後に希望の光。加えて洗脳。モキータの亜メリー化はこの日を境に急速に収束していく事になる。
「なあ、メリー」
「なんだい?」
「テリーナさんの教団に行ったら胸が大きくなるのか?」
「アタシの胸を見れば分かるでしょう? それに、母ちゃんは『胸を大きくする』なんて一言も言ってないわよ。『悩んだらおいで』って言ったのよ」
「それって」
「悩まなくなったらいいんでしょって事」
微妙な空気が漂う。
「……まあ、俺には関係ないか」
「アタシ達は自分の心配だけしてましょう」
ノックに連行される二人の頭にはドナドナのメロディが響いていた。
次回でモキータ編終了。
早急に投稿します。




