邪教・暴竜、そして真実の愛(10)
モンデル教対策会議を続けるため部屋に集ってはみたものの、やはり一同はドラゴンが気になって仕方がなかった。
「皆さん、本当に何の問題もありませんから…と言っても無駄のようですね。
まあ、すぐに終わりますから見物してましょうか」
テリーナがそう言い終える前に鈍い音が響き竜の巨体が窓の下から上に消えていった。
慌てて窓から空を見上げると、下から「愛のロウソク」と言う別の意味で危なそうなセリフと共に光球が竜を襲う。
暫くして黒焦げの塊が落ちてきた。
「え? 終わりですか、これで?」
「だから大丈夫って言ったでしょ?」
ダンジョーが出て行ってから五分と経っていない。
テリーナがダンジョー達に声をかけた。
「早く中に運んで。その竜の人化も忘れずにね」
「テリーナさん、人化って?」
「あのままじゃ建物の中に入れないでしょ?
知ってます? ドラゴンは人間に変化する事が出来るのよ」
「そう言やルフィンがそんな事言っとったな」
「ルフィン?」
「この街に住みついとるアホなグリフィンの事や」
「師匠、本人を前にしてアホはヒドないですか?」
「アホにアホ言うて何が悪い……って、何でお前がここにおるんや? 」
「トシ達がいるから来いってケイ姐さんに呼ばれて」
「いや、そうやなくて。他のグリフィンは『ドラゴンが怖い』言うて里に逃げ帰ったのに、おまはんは逃げなんだんか?」
「だって、ケイ姐さんが来いって言ってるんだよ? 来ないって言う選択肢はないでしょ!」
「おまはんはドラゴンが怖ないんか?」
「ドラゴンは見逃してくれるかもしれないけど、ケイ姐さんに睨まれたら絶対逃げられないんですよ!!」
目に涙を浮かべ震えるルフィン。
(((コイツ、一体何をやらかしたんだ? 一体何をされたんだ?)))
「…ケイ姐さん、参考までにお聞きしますが、コイツにどんなお仕置きをしたんですか?」
「ん? 大した事はしてないよ? どこにも傷は残ってないだろう? 心にはしっかり残しておいたけど」
思わず目を逸らすトシ、タカ、ルフィン。どうやら三人とも経験があるようだった。
「トシ、タカ、ルフィン。玄関でメリーを迎えて第三会議室に行きな。しっかり対策を立てるんだよ。
しくじったら…分かるね?」
人を殺せそうなケイ・オプティコムのニッコリ。
「「「イエス・マム!!」」」
やがてダンジョー達が一人の若者と幼女を連れて戻ってきた。
「ダンジョーさん、もしかしてその女の子が」
「ええ。先程のドラゴンですよ。まあ、人間で言うと五歳か六歳ぐらいですね」
「あんなにデカかったのにか?」
「たかだか20メートル程度ですよ? 成竜のノワールがドラゴン形体をとったならその倍はありますから」
テリーナはサラッととんでもない事を暴露した。
「テリーナ、おまはん今ノワールはんがドラゴンっちゅうたんか?」
「ええ。先刻シーアンの街でのお話をしましたよね。ノワールはあの時の竜の一人なんです」
「……何や色々と事情がありそうやな。それに、さっきそのニイちゃんの国、ダンジョーはんに滅ぼされたとか言うてなかったか?」
「お恥ずかしい話です。別に隠すつもりはありませんが、今はそれよりお急ぎの懸案事項があるのでは?」
「いや、内憂を抱えたまま外患に対応するより、内憂を解決した方が良いでしょう。皆さんそう思っておられるのでは?」
「ケイン市長の言う通りや。テリーナ、教えてんか」
「ドラゴニアの件は拙僧がご説明致しましょう」
ダンジョーはそう言って壇上に上がった。
「皆さんはドラゴニアと言う国について、聞き覚えはございますか?」
「そうですね、多くのドラゴンを従え近隣の諸国を睥睨していたと聞いてます」
「そして二十年ほど昔、ドラゴンに滅ぼされたとか」
ダンジョーは頷く。
「正確に申しますと、ドラゴニアはロスト・テクノロジーを用いてドラゴンを意のままに操り近隣諸国を搾取していたのです。
拙僧の先祖はドラゴニアに逆らい滅亡させられた国の一つの出身でした。ドラゴニアではその様な国民を二等市民と呼び、元々の国民を一等市民と呼んで区別しておりました。
拙僧の父祖達は同士の中から犠牲者を選びテロリストとして当局に売る事で少しづつ一等市民の地位を手に入れていったそうです。犠牲となった仲間の無念を心に刻み、いつの日か反逆の狼煙を上げる為にドラゴニアに仮初めの忠誠を誓いながら牙を研ぎ続けたのです。
そしてついにドラゴニアがどうやってドラゴン達を使役していたかという秘密を知る事ができたのです。それは死を賭した一頭のドラゴンのお陰でした。ドラゴン達は頭に端子を埋め込まれ、逆らえば脳に激痛が走ると言うものでした。ドラゴン達もドラゴニアの横暴には辟易としておりましたが、その激痛は耐え難く隷従させられていたそうです。そう告げたドラゴンの最期の願いは速やかな死でした。
我が父祖と同士達は、事情を知らぬ者達から裏切者の誹りを浴びせかけながらもドラゴニア王家に媚び諂い、ドラゴンの世話をする役目を勝ち取りました。
我々は4代にわたりドラゴン達の端子をコツコツと除去していったのです。そしてついに拙僧の代になり数頭の老ドラゴンを除き、端子を除去できたところでドラゴニアに反旗を翻したのです。
何百年、何世代にもわたり自由を奪われ続けたドラゴン達の怒りは凄まじくドラゴニアは一昼夜で滅びました。老ドラゴン達が激痛に耐えて反撃を行わなかったお陰もあります。
自由を手にした我々は新天地を求め、廃墟となったドラゴニアを後にしました。
これがドラゴニア滅亡の顛末です。拙僧はその時反乱を起こした同士達の中でもっとも高位に着いておりましたので、首魁とされております」
「その後たまたまシーアンの側を通りがかり、アタシとファルークの夫婦喧嘩に巻き込まれたと言うわけ」
「あの時は訳が分かりませんでした。
気づくとドラゴン達は地面に横たわっており、目覚めた拙僧とノワールに気づくとファルーク様とテリーナ様が頭を下げて来られました。
ドラゴン達が全員目を覚ましてから、我々はファルーク様達に『我々はどうやって倒されたのか?』を伺いました。ドラゴンの群をいとも容易く全滅させてしまったものは何かを、どうしても知りたかったのです。
ファルーク様は一言おっしゃいました。
『それは、愛だ』と。」
香ばしいポーズを取りながら「愛だ」と叫ぶダンジョーに一同は思わずツッコミを入れそうになった。
「拙僧は感動致しました。『愛』とは一国をも滅亡させたドラゴンの群すら容易く倒してしまえるのだと!」
「「「それは絶対愛とは違う!!」」」
「いえ、愛です!! 夫の愛は大いなる力があるのです!!」
「……もしかして、吊り橋効果?」
「命の危険を恋愛感情と勘違いするアレか…」
周りがそんな風に捉えているとも知らずダンジョーの昔語りは続く。
「感動した私とドラゴン達の10頭はその場でファルーク様に懇願し教団に帰依致しました。
拙僧はこの感動を世間に広めるべく日夜精進している次第です」
「…他のドラゴン達は何をしとるんや?」
「各地に隠れ住んでます。我々は今でも再会した時には旧交を温めあう関係ですよ」
「ドラゴン同士、居場所が分かるっちゅう訳か」
「いえ、目印があるんです。『ドラゴンの鱗』。飾ってある店は定期的に顔を出すはずです」
「あら、あれは単なる払えなくなった時のツケ代わりじゃなかったんですね」
「それもあると思いますよ。ドラゴンは基本的に世間知らずですから」
「聞くんじゃなかった……」
ケインの呟きはその場にいる全員の気持ちを代弁していた。
少し長くなったので、以下次回。
本当は閑話でやるべきだったかな?




