魔王降臨(7)
「ノック引退」のニュースにモキータの街は混乱に陥った。引退を惜む声も多く聞かれる中で、新しい道を選んだノックへの賞賛の声もある。反面、お笑い界に君臨していたからと言って障害者救済に何をできるのかと揶揄する声もある。
しかし、次期市長と目されるケインがノックに協力を表明とニュースが続くに連れ、揶揄する声は小さくなっていった。
ノックは自らの資本のほとんどを当て、障害者救済のための「ノック基金」を立ち上げると揶揄の声は賞賛の声にかき消されていった。
「トシ、タカ。すまんな。あの女装神のパテント、基金に譲ってくれたんやってな。
子供達に代わって礼を言うわ。ありがとう」
「師匠、そんな水臭い」
「ボクら師匠の一番弟子でっせ?」
「ケイの姐御に推薦されたら断れる訳ありませんがな」
「……なんやいろいろと台無しやな」
トシやタカだけではなく、魔王軍団を名乗る芸人達は多かれ少なかれ基金に協力していた。
またノックの知名度から協力を打診してくる個人や団体も後を絶たなかった。
そして結婚発表。
対して美人とは言えず、喋る事にまだ慣れていないキミちゃんとの結婚に「ポーズだ」と非難する声もあったが、ノックはこれを一蹴する。
「おまえ、どこの記者や!!
ワシはこの娘の気立ての良さに惚れたんやで。
ワシみたいな本物は見た目に騙されたりせえへんねん。人間として尊敬できる、一生一緒におってほしい思うたから結婚するんや。
ワシの事をバカにするのは構わんけど、キミちゃんの事をバカにするんは許さんで!
さっき言うた事、覚悟決めてもう一回言うてみぃ!」
今まで見せたことの無いノックの剣幕に場が凍り付いた。単なる芸能人の結婚会見とたかをくくっていた芸能記者達は雰囲気の違いに当惑した。
そこにいたのはお笑いの大魔王、ノックではなかった。上位階梯人の威厳を備えた漢がいたのだ。
「キミ等は人の結婚に祝いの言葉の一つも言えんのか?」
「「「師匠、おめでとうございます」」」
「おおきに。せやけど師匠はやめてんか。
これからのワシはノック基金の理事長や。
これからは障害を持つ人のために協力したってな。皆さんよろしくお願いします」
そう言うとノックは部屋から出ていった。
その後、キミちゃんが聾唖者だった事、ノックにより耳が聞こえるようになった事が知れると世間の目は驚愕に変わった。ノック基金は障害者にとって希望の光になったのだ。
キミちゃんとの結婚を数日後に控え、ノックは残り少ない独身の夜を過ごしていた。
グラスを傾け独りニヤつくノックは、部屋に人の気配が現れたのに気づいた。
「ダンテか?」
「兄さん」
「神具が戻ったんやな」
ダンテのホログラムが頷く。
「良かったな」
「兄さん、それは本気で言ってんのかい?」
「ああ、本気やで。
ワシな、あの神具のお陰で魔王としての能力は無うなった。
せやけどな、そのおかげでいろいろと考えられたんや。
その機会をくれた弟弟子のおまえに感謝しとるんや。ホンマやで」
「……」
「そんでな、ワシは上位階梯世界に戻った後でやりたい事も出来たんや。受肉したこの肉体が寿命を迎えた後、ワシはあそこに戻るんやろ?
その時にはダンテ、おまはんに手伝うてほしい事があるねん」
「兄さん、何でェそいつは?」
「なぁ、ダンテ。この成業の期間にミダレを集めてこの期間を延ばせばこの世界の寿命が延びる。
ワシ等はそのため頑張っとった。せやな?」
「ああ。その通りだよ」
「せやけど、寿命を延ばすためにずっと争い続けなあかん」
「そうだな」
「せやけどな、今折り返しても100億年以上あるんやで。
なぁダンテ、ずっと争うて長生きするんと、そんなに長生きせんでも平穏に暮らせるのと、どっちが幸せなんやろうな」
「……兄さん、オイラにはその答えは分からねェ」
「ワシな、ワシを慕うてくれるヤツ等とアホやってて楽しかったんや。あろう事か嫁はんまでできた。ワシ、幸せなんや。この平穏が続いてほしいと思うとるんや」
「兄さん、オイラにどうしてほしいんだい?」
「考えてほしいんや、いろいろと。ワシがこの世界におる内に」
「…いいよ。考えてみるとするか…」
「ほな、な。向こうに戻ったら、一杯奢るわ」
「ああ、楽しみにしてるよ。
兄さん、達者でな……」
そう言い残してダンテは消えていった。
ダンテの消えた気配を感じ、ノックは少し笑うとグラスを飲み干した。
以上「魔王降臨」完結。
閑話を入れてモキータ編最終話に突入します。
……早くコメディに戻りたい。




