魔王降臨(6)
今回はお笑い要素がありません。ごめんなさい。
ノックは慣れぬベッドの上で見知らぬ天井を眺めていた。
…何処やここは? おいアナ、ワシはどうしたんや?
ノックは並列思考である第二人格をこう呼ぶようになっていた。解析者のアナである。これに対して主人格から自らをリジーと呼んでいる。
ちなみに「リジーでーす」「アナでーす」「「二人合わせてノックでーす」」と独り漫才をやって落ち込んだ経験も何度もあるため最近では上下関係が薄れてきている。
…リジー、ここは病院です。昨晩頭を打って意識を失い運び込まれました
…頭を打って?なんでワシがその程度で意識を失うんや?
…原因不明です
…解析者であるおまえが分からんやて?
…もう一つ原因不明の事象が
…なんや?
…魔王の能力が封印されております
…やっぱりか
…お気づきでしたか
…ああ
ふと気づくと、見知らぬ女性がノックを見ていた。女性の目に涙が浮かぶ。
「お…ういああおあ」
そう言うと部屋を駆け出していく。
「師匠、お目覚めにならはりましたか!」
入れ替わりに入ってきたのはトシであった。
「ホンマに、みんなホンマに心配してたんですよ。良かった、ホンマに良かった。
いま先生呼んできますわ!」
「アホ、ナースコール押したらエエだけやないか。ワシがもう押したわい」
「そらそうでした。気が動転してしもうて」
「ホンマおまえらしいわ。
それより、その娘誰や?」
「あ、この娘は昨晩行った『龍の巣』のキミちゃんですわ」
「『龍の巣』?あの店、『龍の巣』って言うんか!」
「どないしはりましたん、急に大声で」
「そうか、あそこが龍の巣やったんか」
ノックは合点がいった。
この惑星では知られていないハリセン。それが置いてあった龍の巣。
そう「魔王ノック」は退治されたのだ。
「……キミちゃんは師匠の心配して一晩中ずっとついててくれましたんや」
「ほうか。ありがとうな、キミちゃん」
「師匠、その娘、耳が聞こえないんです」
そう言ったのは『龍の巣』のママである。
いつのまにかノックの病室には人が集まりだしていた。
「ほら、キミちゃん。師匠はもう大丈夫よ」
ママはキミちゃんに手話でそう告げる。
キミちゃんはやっと安心したのか目に涙を浮かべたまま何度も頷いた。
「キミちゃんは耳が聞こえないから本くらいしか楽しみがないんですけど、師匠の仕草が面白かったみたいで、テレビで師匠が映ったら本当に楽しそうにしてるんです」
ノックはキミちゃんの方を見た。
「この娘にとって師匠は新しい世界を開いてくれた恩人なんですよ」
涙を浮かべたまま嬉しそうにしているキミちゃんを見てノックは何かを思いついた。
「おい、ルフィンはいてるか?」
「はい、ここにおりますよ。師匠」
「ちょっと頼みがあるんや」
「何ですか?師匠の頼みやったら大概の事は聞きますよ」
「ちょっと思いついたんやけど、こんな事できるか?」
それは、グリフィンの通信石を利用して周囲の音を拾うようにできないかという事だった。
「なるほど。こうやったら耳が聞こえない人も音が聞こえるようになるかもしれませんね。
大丈夫です。多分できると思いますよ。
それに、ボクやったら見た目は変わらんように埋め込むこともできますから」
「ちゅう事や。どや、キミちゃん。耳が聞こえるようになりたないか?」
ママがその言葉を手話で伝えると、キミちゃんの目が大きく見開いた。そして何度も大きく頷いた。
「よっしゃ。ほなルフィン、やったってくれ」
「師匠、終わりましたで」
「キミちゃん、聞こえるか?これが音のある世界やで」
キミちゃんの顔には当惑が浮かぶ。
「ママ、キミちゃんは暫く音と言葉が繋がらないはずや。せやけどこの子は字が読めるんやったな? 音と言葉が繋がるよう、字幕付きのテレビでも見せてやったって。音と言葉が繋がったら口もきけるようになるさかいにな」
「キミちゃん、本当に耳が聞こえるの?」
キミちゃんは頷いた。
ママの目からも涙が溢れる。
「し、師匠!あなたは神様かなんかですか!?」
「やったんわワシやない。ルフィンや。
礼やったらコイツに言うたって」
ノックは大事を取って3日ほど入院したが、キミちゃんはその間甲斐甲斐しくノックの世話を行った。ノックは決して美人とは言えないこの娘に絆されていっている事に戸惑っていた。
退院の日、ノックはある決断をした。
「トシ、カミーオはんに連絡取ってくれるか?」
「リューさんでしたらもうすぐこちらに見えられると思いますよ」
「ほうか、丁度エエな。ついでに魔王軍団のみんなにもかけられるだけ声かけてくれ。
大事な事を発表したいんや」
「何ですのん、改まって」
「その時話す。頼んだで」
トシと入れ替わりに病室に入ってきたのは『龍の巣』のママであった。ママにはもう一人連れがあった。
「よう、ママやないか。丁度良かった。
ほんで、お連れさんはワシの思い違いやなかったらミッチェルさんかな、夜の街のクイーンと呼ばれてはる」
「ご慧眼、恐れ入ります。お初お目にかかりますミッチェルでございます。
以後お見知り置きを」
「こちらこそよろしうお願いしますわ。ワシ、アンタはんにもお願いしたい事がおましてん」
「ところで師匠、丁度良かったとは?」
「ああ。ママに頼みがあるんや。この娘、ワシにくれへんか?」
キミちゃんの目が大きく見開く。
「師匠、それはどういう意味なんです? どうやらキミちゃんも何も聞いてないようですが?」
「ワシのやりたい事を助けてほしいんですわ。
できたら嫁はんとして一生」
「わうわ……?おあ」
キミちゃんの目からポロポロっと涙が溢れる。
「そう、嬉しいのね。本人が良いなら妾が言う事なんてある訳ありません。
師匠、この娘を末永くよろしくお願いします」
「すまんな、こんなエエ子をもろうてもうて」
ママはキミちゃんを抱きしめ喜びあっていた。
「師匠、女を見る目がありますね。
ところで、妾に願いって何なんでしょう?」
「ワシな、お笑いを引退してキミちゃんみたいな障害がある子を助ける仕事がしたいねん。
そのためにはこの街の色んな伝手がほしいんや。
姐ちゃんやったら顔が広い思うてな。
助けてもらえんやろか?」
「師匠、それでしたら会って頂きたい人がいます。退院後、ここに連絡を。お待ち申し上げております」
ノックはこの後訪れたリュー・カミーオにお笑いからの引退を告げた。
もう少しだけ引っ張ります。次回は上位階梯世界人としてのノックが顔を覗かせます。




