魔王降臨(5)
いつものように多忙な一日を過ごし、ノックは疲れた体を引きずり自分の部屋に戻ってきた。
そしていつものように酒を片手に上位階梯世界の事を思いながら就寝前のひと時を過ごす。
…なんでこうなったのかなぁ。確かにワシは魔王として降臨するとき『おまえ達の思うようになると思わぬことだ』って見栄を切ったよ?
でも、これは違うよなぁ
あいつ等に会わす顔、ないなぁ
ノックがいつものように落ち込んでいると、部屋の中に何かが現れた。と言っても実体ではなくホログラムのようなものである。
「誰や! って、おまえダンテやないか?」
ホログラムは上位階梯世界にいるダンテ・カワダンの映像であった。
「ノックの兄さん、久しぶりだよな」
なんとなく顔が合わせ辛いノックであった。
「なぁ兄さん、あんたオイラの事がそんなに嫌いだったのかい?
い、幾らなんでもコレはねェんじゃないのかい?
切れ者で名が通っていた兄さんがプライドを棄てて、こんな真似までしてオイラの邪魔するなんて…
そこまでオイラの事を嫌ってたのかい?」
ダンテはしゃくりあげていた。
「い、いや…そんな事はあらへんで。これはワシにも想定外なんや。
なあ、ダンテ。
ワシがこんな事を頼むのもおかしな話なんやけど、一刻も早くワシを倒してくれへんか?」
おまえの作ったあの神具があったら簡単な話やろ?ワシ、抵抗せぇへんさかい。
なぁ、頼むわ。上に戻ったら上のモンに詫びを入れて大人しゅうするから。な?」
「…兄さん…」
「な、なんや?」
「オイラの神具な…」
「せや、あの神具」
「今では立派なハリセンに育ったよ」
「は、ハリセンやて? ハリセンってあのハリセンか!? 」
「あのハリセンだよ! ほかにどんなハリセンがあるってんだよ!」
そう叫んだダンテの頬にツーっと涙が伝う。
「それによ、神具がヨタなヤツの手に渡るのは不味いってんで、この大陸の何処かにある『龍の巣』って所に配備したんだ」
「『龍の巣』? いかにも危険そうやな…」
「なぁ、兄さんよう」
「?」
「現在のアンタを倒すために『龍の巣』なんて危なそうな所に行ってくれるヤツがいると思うかい? しかもハリセンだぜ、ハリセン。取りに行く武器は」
「そ、それは……おらんやろなぁ」
「神託出しても、ふざけてると思われるのが関の山だわな…」
「……」
「それによ、あの神具、一回使わないと回収できネェんだぜ」
「ホンマか……」
「もうあれ、使いモンにならねぇ」
「…なんかゴメン」
「どうしてくれるんだよ!
オイラは相手が兄さんだと分かったから神具を持ち出したんだぜ! それをよ!」
そう言うとダンテは号泣し始めた。
そんなダンテの姿に居た堪れなくなったノックは慰めの言葉も見つからない。
ひとしきり泣いた後、ダンテは一言「帰る…」と言って鼻をすすり消えていった。
「……ダンテ、ホンマにホンマにゴメンや……」
消えていくダンテにノックは心の底から詫びを入れていた。
退治される望みも消え、ノックは開き直った。
諦めて受肉した肉体の寿命が尽きるまで現状を楽しむ事にしたのである。
金銭には不自由していない。リューのおかげで次から次へと仕事が回ってくる所為で貯まる一方なのである。
ノックは魔王軍団やその予備軍と飲み歩き大騒ぎをする毎日を送り始めた。
「師匠、オモロイ店見つけたんですわ。行ってみませんか?」
「なんや、トシ。しょうもなかったら承知せんでぇ」
「ボクが紹介した店、ハズレありました?」
「お前やタカやルフィンの見つけてくる店、癖の強い店多いさかいなァ、ネエちゃんはベッピンやけど。
まぁええか。開拓のつもりで行こか」
「こちらです、師匠」
連れて行かれたのは隠れ家と呼ばれるに相応しい穴場だった。
「いらっしゃいませ〜って、トシだったんだ。
挨拶して損した」
「ご挨拶やな、ママ。今日はスペッシャルなゲスト連れてきたんやで」
「フウ〜ン、誰を……って、大魔王ノック師匠じゃない!!
なんでアンタがノック師匠と知り合いなのよ!」
「前にも言うたやないか? ボクはノック師匠の一番弟子やて」
「あれ本当だったんだ。アンタの事だから、てっきり出任せだと」
「コリャ、トシ! 誰が誰の一番弟子なんや!」
「ボクが師匠の一番弟子に決まってますやん。
もう呆けはったんですか?」
「人を呆け老人扱いすな!
ワシはおまえみたいなン弟子にした覚えはないわい」
「「「そうやったんですか?」」」
魔王軍団も一切に驚きの声を上げた。
「そもそもワシ、弟子なんておらんぞ?」
「ほな、ボクが一番弟子っちゅう事で」
「ひつこい奴っちゃな。ほな弟子にしたる」
「師匠、ありがとうございます!」
「ほんで、今日を限りに破門や!
己とはもう師匠でもなければ弟子でもない!」
「師匠、それって……」
「せや!」
「免許皆伝っちゅう事でっか? ありがとうございます。
みんな、今日は祝いや!師匠の奢りで飲むぞ!!」
師匠のノックをそっちのけで盛り上り始める。
「なんでそないなるねん」
「まあまあ、師匠。弟子の門出って事で。
何を飲まれます?」
お付きの狂態を尻目にノックも飲み始める。
「師匠、オモロイ物見つけましたわ」
「なんや? トシ」
「ハリセンですわ」
「ハリセン?なんでそんな物が?」
「「師匠? 何ですのん、それ?」」
トシとノック以外はハリセンが何か知らないようだった。
「貸してみ」
ノックはハリセンを受け取ると近くにいたタカの頭を叩く。
スパーーン!!
いい音が店に響く。
「あ痛!……アレ?痛くない??」
「そやろ?これはエエ音がするけどそれだけの道具なんや」
「なんの為の道具なんですか?意味ありませんやん」
「ドツき漫才とかコントの時に使うんや。
さっきみたいに景気のエエ音がするさかい、それに合わせて『わ〜やられた〜』てな感じで大袈裟なアクションとるんや」
「なるほど。みんな、やってみぃへんか?」
スパーーン! やられた〜
スパーーン! やられた〜
店のあちこちで音が響き「やられた」の声が上がる。
「ママさん、なんであんなモンが店に置いてあったんや?」
「さぁ? 色んなお客さんが来ますから。どなたかが忘れて行かれたんでしょうね」
ママは軽くそう言ったが、ノックはそれが奇妙な事に思えた。
その時それが起きた。
「師匠、えいッ!」
店の女の子がハリセンでノックの頭を叩く。
スパーーン!
「やられた〜」
「!師匠、危ない!!」
ゴツン
ノックの意識はそこで途絶えた。
すみません。もう暫くかかります。




