(閑話)サキュバスの明日はどっちだ…
本編には関係ないので「閑話」です。
サラッと流してください。
「なんでこうなったの?」
サキュバスのキュバスは一人愚痴る。
あの恐ろしいミッチェルにまたダメ出しをくらったのだ。
「この無駄飯喰らいが!
いいかい、あたし達のお仕事は溜まりに溜まった雄供の巾着袋と金玉袋をスッキリとしてやる事なんだよ!
そして雄供はまた二つの袋を膨らませてあたし達のところに来てもらう。
それが出来なきゃ夜の街には住めないんだ。
サキュバスって聞いたから期待してたのに、見た目と魔法だけの虚仮威しだったとはね。
いいかい、あんた等がチャームを使った後の客の評判を知ってるかい?
最低だよ、最低!」
チャームで魅了して吸い尽くすだけだったのである。後のことを考えた事なんてなかったのである。客を喜ばす? 考えた事もなかった!
しかし、この街で住むからには吸い尽くす事は御法度だ。そんな事をすれば、メリーがやってくる。
頭の中に響いたメリーの声の薄気味の悪さ。逃れる事の出来ない恐怖。
何度もサキュバスとして暴れ回ったが、恐怖を感じた事は今までなかった。しかし今回は勝手が違う。魔物の核に恐怖が刻み込まれた。
メリーが来ると思うだけで体が竦む。
いや、メリーだけじゃない。そのメリーを軽く無力化できる化け物がいる。そして目の前のミッチェルは、その化け物と対を張るのだ。逆らうなどとは考える事も出来なかった。
「ミィ姐さん、そんな事を言われても…」
あ、サキュのバカ!
「無駄飯喰らいが口答えするんじゃないよ!
いいかい、あんた達! あんた達は今まで何も考えた事がないからそんななんだよ。
自分が何をできるのか? 何をしたら喜んでもらえるのかを考えるんだ。
今のままのあんた達だと、ケイのところの4人組にも劣るよ!」
ハッキリ言ってショックだった。
オッサンに、あの、あんなむさいオッサンに劣る? ナイスバディのサキュバスのあたしが?
「あんた達のお客、リピーターが何人いるか知ってるかい? ゼロだよ、ゼロ。
あんた達のところにまた来たいって客はいないのさ。
でもあの4人組には何人の固定客がいるか知ってるかい? 百はくだらないんだよ」
「え……」
「あいつ等は自分の事を知っている。自分の世界を持っているんだ。
あんた達には自分の世界があるかい?」
「……」
「ないんだろう? 」
悔しいが頷くしかなかった。
「あんた達は食うだけだったんだろう? 野生の動物と同じじゃないか? 」
あ、涙が出てきた。悔しい、悔しい!
「人間の世界で生きていくためには動物だって物を考えるんだよ。それを、あんた達はなんだい?」
あたしは動物以下だ……魔物じゃなくなった今は動物にも劣るんだ……
「泣くんじゃないよ。泣いても誰も助けちゃくれないよ。そんな暇があったら考えるんだ。
あんた達が頑張るなら助けてあげるよ」
「本当ですか?」
「あたしだけじゃないさ。頑張っているヤツにはみんなが助けてくれる。
それが人の世さね」
「姐さん、あたし頑張ります!」
あたし達はあの日、そう誓った。
なのに……
「サキュ、あんた何してるの!」
「あ、キュバス。これは『仏の座』っていう縛り方なの。やっと覚えたのよ」
「ど、どう言う事……」
「この前、アヤ姐さんの店にヘルプに行ったでしょ? その時覚えたの。
キュバス、ごめん。
あたし、縄に目覚めちゃったの。
あたしの体に食い込む縄に、自由に体を動かせないもどかしさに。縄で歪になる体に、その醜態を喜んでくれるお客様の顔に」
サキュの頬に涙が伝う。
「サキュ、あんた……」
「キュバス、何も言わないで。
あたしも知ってるの。これはいけない世界だって。でもダメなの! この世界で生きていきたいの!」
堕ちていくこの世界でたった一人の同胞にあたしはかける言葉が出ない。
「キュバス、あなただけでも逃げて。
こっちの世界に来ちゃダメ!
さ、早く!!」
あたしはコクリと頷き部屋の扉を開けた。
そこにはミィ姐さんが仁王立ちをしていた。
驚いてサキュの方に振り向くと、そこには笑みを浮かべているサキュの姿があった。
「キュバス、どこに行くつもりだい?」
あたしは友に裏切られたのだ。
あたしは蛇に睨まれた蛙の気分を味わっていた。
「キュバス」
ミィ姐さんの声に体が竦む。
「あんた、おみちの里に行ってみないかい?」
「……え?」
「そこで『おみち』の称号を得る為に修行しておいで」
「そ、それって」
「あたしの跡を継がないかって事さ」
頭が真っ白になった。
「あんたはその素質がある。少なくともあたしはそう思ってるんだ。どうだい?」
胸の奥から何かがこみ上げてきた。
友に捨てられたが拾う神(ミィ姐さん)がいた。
声が出てこないまま、何度も肯いた。
ミィ姐さんがあたしを抱きしめる。
「ほら、泣くんじゃないよ。あんたが頑張ってた事を知ってるよ。
それはあたしだけじゃないんだ。夜の街の顔役みんなも同意見なんだ。
あんたならなれる。
あんたが戻ってくる日を楽しみにしてるよ」
こうしてあたしは村娘育成の隠里である「おみちの里」を目指しモキータの街を出た。
いつの日か「おみち」の称号を手に、あたしを信じてくれたミィ姐さんの元に戻ると胸に誓って。
「ミィ姐さん、キュバスは「おみち」の称号を手に入れて戻ってくるんでしょうか?」
「サキュ、辛い役目をさせてすまないね。
でも、夜の顔役の目は確かさ。
戻ってきたら右腕になってやりなよ。
今回の件はあたしが説明してあげるからね」
ミッチェルはサキュの頭を抱きしめ、そっと慰めた。
キュバス、そのまま逃げる事もできるんだぞ。
まあ、動物並の思考力だったところに友人の裏切りのショック。その後直ぐの優しさ。
裏稼業の人心掌握術に抗う知能、あるかなぁ……




