魔獣 夜に咆哮す(3)
メリーの慟哭が不意に止まった。
「ワレ開眼セリ……」
メリーは幽鬼さながらに動き出した。
「……モマセロ……」
「「⁇⁇」」
メリーが何を言っているのか理解できない。
「ワガ(胸の)糧トナレ……」
「「糧?」」
メリーが絶叫する。
「モマセロ!!!」
その後のメリーの動きは獣人の動きを超えた。一瞬でサキュバスの背後に回りこんで胸を掴む。
呼吸は興奮で荒々しく、さながら獣である。
「ヒィッ 何、何をする!」
「コノママワガ糧トナレ……」
サキュバスは退治は困難だが身体能力は決して高くない。理性を失くし欲望にまみれたメリーを振り解く事はできない。
『喰、喰われる!!!!』
糧という言葉が耳にこびりつき、サキュバスは原始的な恐怖に囚われた。
「た、たすけ……」
しかし、彼女の抵抗もそこまでだった。メリーの生暖かい涎が首筋に落ちた瞬間、サキュバスは擬死状態に陥った。
意識を失ったサキュバスは死体の様にダラリとなる。
「し、死んだ……?」
もう一方のサキュバスは驚愕した。
「ツギハオマエダ……」
力無く崩れ落ちる同胞の姿に、残されたサキュバスは尻餅をつく。そのまま後ずさりしメリーと距離を取ろうとするが、役に立つ筈もない。
メリーは獲物を嬲る猫のように、恐怖で首を振りながら後ずさりするサキュバスにユラユラと体を揺らして近づいていく。
「オマエモワガ糧トナレ……」
爬虫類の様な嗤い声とともにメリーが飛びかかった瞬間、もう一方サキュバスも意識を手放した。
メリーはサキュバス二体を揉み倒し「モーマーセーロー!!」と叫びながら夜の街へ消えていった。
一歩出遅れた感のあるトシ達はメリーに揉みくちゃにされるサキュバスを見ていた。
「なぁ、トシ。何でメリーはサキュバスの胸を揉んでるんだ?」
「さぁ?」
「胸を大きくするって、自分の胸を揉むんだよな」
「そう言えば、メリーはその事を知らなかったみたいだよなぁ」
「そんな感じだったけど?」
「サキュバスは確か『胸はこうやって大きくするのよ』って、もう一人のサキュバスの胸を揉んでなかったっけ」
「あ、もしかして……」
「うん。胸を大きくするには他人の胸を揉むんだって勘違いしてるんだ。多分」
『メリー、恐ろしい子……』
全員が心の中でそう呟いた。
「あ、あのサキュバス擬死状態になったみたいだよ」
「何それ?」
「俗に言う狸寝入りだよ。生命の危機に陥った時、もうこれ以上酷い目に合わさないで〜って意識を失っっちゃうの。よっぽど怖かったんだね」
「あ、残った方にも襲いかかっていった」
「サキュバスの擬死状態なんて初めて見たよ」
「あ、ケインはん、これってサキュバスを捕まえるチャンスやないですか?」
「女性警官が拘束服を持ってこちらに向かっているよ。手配済みだ」
「さすがでんな。コイツ等が絡まん時のケインはんは」
「リューさん、どう言う事ですか?」
「さっきの映像、観ます?」
リューが撮った映像に映ったケインはトシ達と一緒になって「ちち!しり!ふともも!!!」と叫んでいた。
「リリリリューさん、この映像は絶対表に出さないでくださいよ! こんなのドリーに見られたら!!」
「じゃ、オプティコムさんだにけでも……」
「リュー、短い付き合いだったな」
声色がドスの効いたものに変わった。懐から銃を抜くケインの目は座っている。
「ちょ、ちょっと待って、ケインはん!おふざけでんがな!」
「おふざけで済む事と済まない事がある。お祈りの時間はいるか?」
「このボタン押したら配信されまっせ!」
「リューさん、ちょっとしたジョークだよ」
ケインは銃を懐のホルスターに戻す。
「いや、ケインはん。すんまへんでした。悪い冗談はほどほどにせなあきまへんな、お互い」
お互い笑い合い手を握る二人。
しかしケインの目を見てリューは思った。マジで危なかったと。
「せやけど、そんなにミトミ先輩の事が怖いんですか?」
「ったり前だ!…って、先輩? ミトミって誰?」
「オプティコムさんの旧姓でおま。ワテ等、高校の時のクラブの先輩後輩なんですわ」
「…今でも付き合いあるんです…か?」
「しょっちゅう情報交換してますわ。
ケインはん、仲直りの証しに一つエエ事教えてあげまひょ。
ドリーはんって先輩の妹分で、めっちゃオキニでっせ」
「ええッ!!」
「もし泣かせたら先輩 本気にならはりまっせ」
「……マジ?」
コックリ頷くリュー。みるみる血の気を失うケイン。
「リューさん、あなたは命の恩人です。
ドリーを棄てる気なんてさらさらないけど、何かあれば洒落にならないとこでした。
今後とも良い関係を保っていきましょう」
改めて握手を交わす狐と狸だった。
(それはそれとして、あの二人…。絶対目にものみせてやる!)そう心に誓うケインであった。
そうこうするうちに、メリーは二人目のサキュバスも揉み倒し、次の獲物を求めて夜の街へ消えていった。
「あ、キング!メリーが逃げて行くよ!」
「それよりサキュバスだ。拘束するぞ」
「でも、サキュバスって拘束しておくのって難しいんだよね…」
「なんでなんだ? ルフィン」
「看守を魅了して逃げ出しちゃうんだよ。そうじゃなくても、檻に入れても体を押し当てて無理矢理出てこれるんだよ。切っても突いても平気だしね」
「厄介だな。何か良い手はないのか?」
「さぁ? 自分の道は自分で切り開いてよ。
僕は僕でやる事あるから」
コイツ、絶対夜遊びに行く気だなとトシとタカは気がつく。
「あ、トシ、タカ。これあげる」
「何?それ?」
「通信石。これがあれば僕と連絡とれるんだよ。持ってて」
「へ?」
「ほら、僕ってスマホ持ってないから。連絡手段ないと遊びに誘えないもんね。ほら、こんな風に」
いきなりトシとタカの頭の中にルフィンの声が聞こえた。
「「おお!」」
「話したい時は石の文様を押せばいいよ」
「そうだ!おいルフィン、これの事もう少し詳しく教えてくれないか? 」
通信石はルフィンの羽根を加工してすぐ作れるらしい。範囲はモキータの街くらいならカバーできるようだ。
「面白い事思いついちゃった」
そう言ってトシは自分の思いついた事をその場の全員に伝えた。
「トシって面白い事考えるね。それに、あの状態なら気付かない様に体に埋め込んでしまえるよ。」
「じゃ、キング。どうします?」
「やろう。試してみる価値がありそうだしな。みんな、上手くいくか付き合ってくれないか?」
揃ってサムズアップで応えるいい笑顔の3人と一匹。
女性警官に連行されるサキュバスとともに署に向かう4人と一匹はこれからの展開を想像し興奮を隠せなかった。
次回、サキュバスの身に何が起きるのか?
放置されたメリーは? 放っておいていいのかなっと^_^
地獄の扉が開くのは次回予定です。




