4.ポーションにはジェネリックがあるそうです
「正創薬師の会社が開発したポーションは、青く輝きます。それに対してレシピを参照にして作ったポーションは赤くなります。もちろん青いものの方が値段は高い。貴族の間では青が好まれる傾向にあります。最初に開発したものへの敬意もありますが、新しいポーションの開発への投資の意味合いもあるみたいです。庶民はもっぱら一般的なポーションを使うケースが多いですね」
「その、青と赤っていうのは、効き目は?」
「まったく変わりませんよ。飲んだときに少し味が違うことはありますがね。レシピに追加して薬効とは関係の無い素材を加えて味を調節したりというのは行われますから。貴族はそれを嫌うというのもありますね。何が混ざってるかわかったもんじゃない、薬は信頼でできているのだ、なんてね」
そこらへんは使える添加剤も国が決めた物だけですから、毒物が入ることはまずないんですけれどね、とエクランさんは肩をすくめた。
「国としてはどちらかと言えば、ジェネリックポーションを推奨しています。公衆衛生のため、治療院で使われているポーションの費用の七割は税でまかなっていますからね。ああ、冒険者が個人で持ち出す分に関しては自費ですけれど」
そこらへんは、好きに選べって感じですけど、さすがに治療院ではほぼ赤いポーションばかりなのですと、彼は言った。
冒険者が使うものは、中級のベテラン冒険者くらいまでは、ジェネリックポーションだそうで、青いものを所持しているのは貴族の護衛などを任されるような超一流の一握りだけなのだとか。
「あの、治療院っていうのは?」
「国が主導で運営する、税を納めていれば誰でも使える場所ですね。治療師がポーションを使って体調不良を治すところです。これもただ振りかければいいというものでもありませんから」
それなりに、使い方のコツみたいなのはありますから、と彼に言われて僕は首を傾げた。
さきほどのエリクサーは、傷口にぶっかけるだけで簡単にあの角うさぎは回復していた。
使い方が必要というのにいまいちピンとこないのだ。
「基本、止血ポーションは切り傷などの外傷に使います。これはぶっかければいいんです。ただ解熱や鎮痛、麻痺毒などの全身に影響があるものは、体内に入れる必要があります。例えば魔物に一撃食らってやばい状態の場合は、止血ポーションを振りかけて、それから造血ポーションを尻からぶちこみます。あとは鎮痛ポーションを飲ませます」
「尻からて……」
さわりと僕はあのときの感触を思い出して、お尻を押さえてしまった。
ポーションの試験管をつっこむとか、ちょっとさすがにと思ったのだ。
「……ほんと、ソーマ殿はなにもご存じではないのですね。創薬師のスキルに、坐薬制作というのがあるのですが。この造血ポーションを坐薬にしてみてくれませんか?」
「やってみます」
スキルを確認すると確かに、それはあった。
備考欄に、レベルが低いうちは乳鉢が必要です、と書いてあったけれども、まあ、今の僕なら特になにもなくても成功はするだろう。
なんせ、管理者モードである。
ポーションを片手に、坐薬制作を発動させると、ポーション瓶は形を変えて、ちょうどいいサイズの固形物になった。
「……使用期限がむしろ延びますか……」
ふむ、とエクランさんは鑑定眼を使ってその坐薬をチェックしていた。
僕の方でも確認しているけれど、元のポーション制作者の脇に新しく、加工者という名前で僕の名前が刻印されていた。
「でも、これも販売はできない、のですよね?」
「そうなりますね。ですが、ま、ご自分でお使いになるならOKですから。使い方はわかりますか?」
坐薬、といってもいまいちわからないですよね、とエクランさんは言った。
「いえ、お尻から入れることで素早く効果を出そうという薬ですよね?」
「おお、さすがです。いやぁ国によっては坐薬というものが浸透していないところがありましてな。座って飲むのが坐薬だと思っているところもあるのですよ」
「ちょ、それは……」
さすがに都市伝説な勘違いという感じだ。
そりゃ、振りかけるもの、飲むものという意識が強ければ、お尻から入れるという発想はあまりないかもしれないけれども、座って飲むというのはさすがに想像の斜め上である。
「ちなみに、飲んだポーションって効果でるまで時間かかるんですか?」
坐薬のほうが効果が早い、というのならば、飲み薬はどうなんだろうと思って聞いてみる。
こう、魔法薬っていったら、ぱぁーっと光って、効果は一瞬だって思っていたのだけど、坐薬があるのだとしたら、普通はそんなにすぐに効果がでないのかもしれない。
「ええ。一般的なポーションは効果がでるまで30分程度はかかりますよ。坐薬なら10分もかかりませんけどね。患部に直接影響する止血ポーションが一番効果は早いでしょうか」
どうしても、全身性のものは時間がかかるのだ、とエクランさんは言った。
ふむ……そうなると、注射に該当するような使い方というのはないのだろうか?
ちらりと、剤形変更のスキルツリーを見ると、使用可能となっているのは、水剤と、坐薬のみだ。
そのほかにも、錠剤、丸剤、散剤、注射、点眼剤、湿布、軟膏と、いろいろと作れるようだけれど、まだこの世界にそのレシピはない、というような表示がされていた。管理者モードでしか作れないらしい。
「直接血管にポーションを流し込む、みたいなことはしないのですか?」
そんなスキルツリーを見ながら、念のためエクランさんにも、その投与方法がないのかどうかを確認しておく。
「直接ですか? そのような話は聞いたことはないですが……そもそもどうやって入れるのか見当もつきません」
そりゃ、その方が効果も早くでるんでしょうが、とエクランさんは、うむぅと腕組みしながらうなった。
どうやらまだ注射の概念はないらしい。
「しかし、効果が出る前に亡くなってしまう、なんてことはないんですか?」
「そりゃ、ありますとも。なので出血が多い場合は迅速に、造血ポーションをお尻から入れる必要があるのです。また、毒の場合なんかは止血と解毒を外からかけつつ、お尻からも入れたりします。周りが早い毒の場合は、どちらが早いかの賭けになりますけどね」
「……魔法薬とは」
あまりな現実に、ちょっとくらくらしてしまいそうだった。
もちろん、僕が知っている魔法薬は、使用すればすぐに効果が発現する夢のアイテムだ。
けれども、この世界の魔法薬は、それこそ地球で言う医薬品と大差はない。
効果が出てしまえば、劇的な効果を見せるという意味ではすごいけれど、万能感の欠片もなかった。
「でも、そうだとしたら迅速に手に入るようになってないといけないのでは?」
早くに使わないといけないというのなら、ポーションは町中の至る所で売ってないといけないのではないだろうか。
それこそ常備薬的な感じで自宅においてあったりだとか。
「ポーションもけして安いものではありませんからね。町の住民が備蓄していることはまずないです。事故があった場合なんかは治療院から職員が現場に出向くこともありますし、それで適切にポーションを使っていくのです」
中には、念のためにと止血ポーションや解毒ポーションくらいなら置いてある家もありますが、予防のためのポーションは全額自費になりますから、なかなかそこまでしない家が多いです、とエクランさんは言った。
これは、値段の問題もあるけれど、町に住んでいるのなら、大けがをするということは滅多にないというのもあるのだとか。
町には魔獣などは出てくることはないし、怪我をするとしたら馬車にひかれるだとか、包丁で切ってしまったとかそういった物ばかり。
馬車には、そういう事故の場合のポーションが設置されているため、ひかれた側ではなく、ひいた側が適切な処置をするような体制が構築されている。
しっかり治療を行えれば軽度の罰ですむが、もし被害者が死亡でもしたのなら、そうおうの制裁というものが加えられるとなれば、多少値が張ってもポーションの備蓄はしておくのが一般的となっている。
また、魔獣との戦いが日常になっている警備兵の駐屯地には、ポーションの備蓄はしっかりとされているものらしい。
怪我をするリスクと、それに対する対応というような形なのである。
「あの、ジェネリックポーションなんてものがあるなら、その、青いポーションを作る意義とかってあるんですか?」
青と赤のポーション。
その差は先ほどまったくないと聞いたばかりだ。
正直、僕が作ったポーションもレシピ公開済みのものはすべて赤になる。
未開発の物や、特許中のものがどっちになるのかは正直不明なのだけど、それを今試すことはできない。
エリクサーが黄色なのを考えると、もしかしたら管理者モードで作った未知のものは黄色になるのかもしれないけど。
ともかく、これだけ赤いポーションが並んでしまうと、青いものを作る意義はあるのか、というのが疑問として上がってしまっても仕方が無い。
「ああ、そこはブランド意識というやつもありますからね。先ほどもお話ししましたが、赤いポーションは信用ならないと考えている人もいます。それは正創薬師ではないものが作っている、というところもありますし、中には頑なにジェネリックだから効かないと信じている人もいます。あとは、そうですね、赤い方には毒を入れてもばれなさそうとか、そういう風評被害もありますね」
ま、実際、レシピはわかっているのだし、そちらだってGMPを遵守するわけですから、品質に問題はないはずなんですがね、と彼は肩をすくめた。
「毒……を入れる可能性もあるんですか?」
「ずっと前の話ですよ。今のような、法規制になった原因でもありますけどね。薬も毒も、正直どっちもあんまり変わりませんし。ソーマ殿は、創薬のスリルツリーに、製造禁忌とされてる薬品があるのはご存じですか?」
「あ、はい」
彼に言われるまま、スキルツリーを見て行くと、確かに左の端の方に、毒物と書かれているコーナーがあった。
そこには、麻痺毒やら、幻覚毒などが書かれていて、規制薬物ですというコメントが付けられている。
試しに、そこを押してみたけれど、さらに確認のダイアログがでて、法律によって規制されています、製造すると創薬師としての資格を喪失する可能性がありますが、実行しますか? なんていうコメントが表示された。
もちろん、いいえを選んでおく。
材料が無ければ普通は失敗するのだろうけど、残念ながら僕の場合ははいを押せば、作れてしまうのである。
「この法律ができる前は、ポーションに毒を混入させるといったことが多く起こったそうです。あとはラベルのすり替えとかですね。たとえば止血ポーションのラベルなのに、実際は溶血毒だった、なんていう件もあったそうです」
「それ、鑑定眼があれば、見破れるものですよね?」
「ええ、ですが鑑定眼もちはそんなに多くは無かったようですし、今のような厳重な管理体制でもなかったので、混入やすり替えは容易に起こりえたといいます」
そして、毒薬は製造開発の特許を持っている人物がいないため、全部赤いポーションになるわけです、と彼は言った。
ああ。なるほど。そうなると青いポーションなら安心だ、というのはその名残なのかもしれない。
「今は、ポーションの製造もですが、流通に関しても法律できっちりと規制されています。流通規範で輸送の際の扱いなどに関しては厳密に管理されているんですよ。例えば、ポーション瓶の蓋。これもラベルで封がされてますよね。これが破れていたら販売も使用も不可なんです」
ソーマ殿のものが売れない理由の一つとして、それもあります、と彼は教えてくれた。
「と、まあここまでやってるので、ジェネリックポーションだって毒の混入なんてあり得ないんですけど、そこらへんは安心感の問題なので、我々がどうこう言えるものではないですね」
しかも、個人のお金で買うなら別段、とやかくいう立場でもないですし、とエクランさんは続けた。
「でも、国としてはジェネリックポーションの方を押したいというのもあって、他の国で開発された青いポーションに関しては、関税がかかります。儲けが減るので本当にやめて欲しいんですけれどね」
「もしかして、ジェネリックポーションは国内で作られてる物を使う、というような感じなんですか?」
「ええ、そうなりますね。地産地消というやつです。国産で青いポーションを使えるならいいんですが、外国で作られたものを輸入するばかりでは、国はどんどん衰退しますからね」
薬だって、経済を回す一つの道具でもあるわけですよ、と薬種を扱うエクランさんは商人らしい発想でそう言った。
「なので、正創薬師の輩出というのは、国家を挙げてのプロジェクトになりますし、新しいレシピの開発はそれぞれの国での優先課題といってしまっても良いほどです。我が国が特許を持ってて、単独で作れる薬が六種類。特許切れでも青いポーションが作れるのが二十種といったところでしょうか。よく使われる止血、造血のポーションは残念ながら外国での開発となっていますから、青いポーションは高めですね」
「ちなみに、正創薬師の資格を取らないと、新レシピの開発ってできないものですか?」
エクランさんの話をきくに、どうやら創薬の新レシピが開発できれば、相当な儲けが出せるらしい。
さて、そしてこちらには、管理者モードで全部の原料がわかるというチートがあるわけで。
秘蔵のレシピがすでに閲覧できるような状態ならば、特別、六年間も学校に行かなくたって、ぽんとレシピを開発してしまえば、すぐにでも一攫千金といった感じになってしまえるのではないだろうか。
ワンシーンで書いてるので区切りが難しいです。書籍なら一章分が一話でいいんでしょうけれども……
そして、ジェネリックポーション登場です。