3.魔法薬を作るのには資格が必要です
「さて、では食事の準備でもしながら、我が国でのポーションの扱いをざっくりと説明しましょう」
はっきりとポーションと言った彼の言葉に首を傾げながら、彼が言うままにとりあえず火の準備をする。
創薬師のスキルの一つに、発火というものがあるので、それで枯れ枝に火をつければ、たき火の完成だ。
寒い、という感じはないのだが、料理をするには必要なものである。
エクランさんは荷物から鍋を取り出すと、すでにカット済みの材料をごろごろとその中に入れていった。
調理の手間を省くために用意してあったものだそうだ。
調味料を入れれば、あとは煮ればおしまいだ。
「まずは、ポーションとはなんであるか、は創薬師のソーマ殿には言うまでもありませんかな」
「それぞれの用途で使われる、魔法の薬。治療薬や、先ほどの魔除けなどが該当しますね」
ちらりと、創薬のスキルの下にずらっと並んだポーションのアイコンを見て、僕は答えた。
それぞれのポーション作成に視線を合わせると、詳細が表示される。
効果や、時間、そして、必要素材だ。
あ。
あれ。
エリクサーを作ったときって、材料とか全然用意しなかったんだが。
試しにエリクサーの素材もチェックしておく。
なんか、飛龍の爪とか、イグドラシルの葉とか、三十種類くらいのものが表示されている。
おかしい。どうしてさっきは念じただけでエリクサーができたんだろう。
「その通りです。私はそんなポーションを中心として扱う、薬種取り扱いの行商を営んでいます」
「やくしゅ?」
「はい、ポーションの専門販売員と思ってください。これでも中級の免許持ちですから、いろいろなものを商うことができます」
鑑定眼のおかげもありますがね、と彼はポーションを取り出す。
「大抵の創薬師の方は持ってる力ですが、これ、なんだかわかります?」
試験管のような物に入った、青い液体を見ると勝手に情報が頭に流れ込んでくる。
「解毒……麻痺毒に効くポーションですね。ノーランド社製で、使用期限があと四年ちょっと、ですか」
「さすが。それが薬の鑑定眼。もちろん薬以外のものに対しても、それぞれ鑑定眼持ちはいましてね。肉の目利きが上手いやつは肉屋をやったりするわけです。ま、才能のようなものですね」
もちろん、学習を続けることで獲得できる物でもありますが、と彼は言った。
僕のは管理者さんが付けてくれたものだけれど、普通は技術を磨くことで能力を向上させるものらしい。
エクランさんも、生まれつき持っていたのは低級の鑑定眼で、それぞれのポーションの特徴や原料などを研究していって今のような力を手に入れたのだそうだ。
お気楽にチート能力を手に入れてしまって、ちょっと後ろめたいなとは思う。
「でも、それ、鑑定眼持ってない人ってポーション使いにくくないですか?」
「そこは、ボトルにラベルを貼るからね。ただ偽造品が出回ることもあるから、私たちには必須の能力なんだ」
きちんとした商品を仕入れて、販売することができないと、薬種の免許も取り上げられてしまうのだと彼は言った。
偽造品か。たしかにみんな似たような液体だというのなら、効果の無いものが出回ることもありえるのかもしれない。
「さて。ではそろそろ、なぜ貴方のポーションが買い取れないのかをお話しましょう」
お、そろそろ鍋が煮えましたね、と彼はぐるりとくつくつ音を立てている鍋をかき混ぜると、良い香りですとそれを小皿にとって僕にわたしてくれた。
木のお椀と木のスプーンは、ほんのり暖かさを伝えてくれるものの、今は食事よりもどうしてポーションが売れないのか、ということの方が大切だった。ポーション無双ができるかどうかの瀬戸際なのである。
「この国のポーションの販売は、魔法薬に関する法律で厳格に決められていましてね。まず、国家資格がないと薬の販売はできません。我々のような販売員ですら免許は必要です。となると、製造する方にもそれに見合ったものがあります」
「ポーションが法規制されている、と?」
「そうです。製造と流通を国が管理し、安全性を担保してるのです」
うむ。美味いと、野菜の入ったスープをほっこり飲みながらエクランさんは満足そうな声を上げる。
「たとえば、|医薬品の製造管理及び品質管理規則《GMP》というものがあります。一定の施設基準で、しっかりと手順に則ってつくられているか。また生産されたポーションがきちんと性能を発揮するのか、LOT管理をしつつ試しています。適合しないものは市場にでることはありません」
「LOT管理って……ポーション作成って創薬師がやるのでしょう?」
なにやら、現代日本の工場みたいな単語がでてきて、僕は慌てて聞き返した。
魔法薬の製造は、別に機械で行うわけではない。
僕が先ほどやったように、スキルで作成するものなのだ。
もちろん原料は必要になるようだけれど、それでもその原料にスキルを使ってポーションにする。
そこにLOT管理というものは必要になるのだろうか?
「ええ。創薬師がスキルを使って行います。LOTは基本的に工場で働いている準創薬師の名前か、登録IDが記載されますね。製造日と一緒に刻印されます」
「それなら、品質にムラがでるとかありえるんでしょうか?」
「おや……ソーマ殿はスキルの失敗経験がないのですかな。創薬師だって人間ですから、その日の体調によっては創薬が上手く行かないこともありますよ」
いざ、販売して使ってみて、効果がありませんでした、じゃ話になりませんから、とエクランさんは苦笑を浮かべた。
たしかに言いたいことはよくわかるけど、たぶん僕が作れば失敗とかはまずないような気がする。
さっきも、数本エリクサーを作ったけれど、まるっきり失敗している感じはなかったし。
「名だたる正創薬師さん達なら、ミスもほぼないとは聞きますが……もしかしたらソーマ殿はそこまで上り詰めるのかもしれませんね」
これは将来が楽しみだ、とエクランさんは声を弾ませた。
いまいち、正創薬師と準創薬師の違いがわからない。
「さきほどから、準とか正とかでてますが、それは?」
「ああ、こりゃ、失敬。ソーマ殿にはそこも話さないといけませんでしたな」
やれやれと、エクランさんは軽くパンをあぶってかぶりついた。
町から出たばかりだからか、差し出されたそれは柔らかいパンだった。
「ソーマ殿も持っている創薬のスキルがあれば、ポーションを作ることは可能です。例えば……そうですね。ソーマ殿。これで止血ポーションを作ってみてはくれませんか?」
「って、密造しちゃやばいんじゃないですか?」
「いえ。他者に売る場合に規制がかかってるだけで、製造自体は違法ではありませんよ。禁止薬物を作るのならまた別ですがね」
「……じゃあ、そういうことなら」
エクランさんが手渡してきた材料を手に持って、スキルを使用してみる。
いちおう材料無しで作れるけれど、有りでも作ることはできるようだ。
「ふむ。赤いポーションになりますか。ですが、これは紛れもない止血ポーションです」
制作者にソーマ殿の名前が入っていますね、と彼は瓶を軽く振りながら言った。
エリクサーは黄色だったけれど、どうやらこちらは赤くなるようだった。
「このように、創薬のスキルを持っていれば、公開されてるレシピ通りの材料で創薬をすればポーションができます。ですが、先ほどもお話ししたとおり、これを私が買い取ることはできませんし、他者に販売することもできません」
「僕が野良の創薬師だからですか?」
「その通りです。国が定めた創薬師の資格は二つです。新しいレシピを開発して自社で作ることができる正創薬師と、すでにあるレシピを模倣してポーションを作成する準創薬師です。正創薬師になるためには、四年学校に通い、その後二年専門機関で開発の勉強と論文の発表をしなければなりません。準創薬師は二年の通学で創薬のレベルを上げていき、正創薬師が作る工場で働くのが一般的ですね。中にはすでにあるレシピを使って、ジェネリックポーション専門の会社を立ち上げるものも居ます」
「レシピの開発……」
その話に僕は凍り付いた。
そう。僕だけに見えるスキルツリーにはすべてのポーションの名前と必要な素材が書かれている。
これって、もしかしたら一般の人には見えない物なのではないだろうか。
僕ならばまだ発見されていないレシピを世に出すことだって可能だ。
スキルツリーを見ると、はっきりいってかなり膨大な量のポーションが表示されている。
ちなみに、上三分の一は、スキルの表示が灰色になっていて、まだこの世に存在しないレシピです、管理者権限の持ち主のみ使用可能です、みたいな表示がでている。もちろん頂点にあるエリクサーもだ。
そのちょっと下のところは、スキル名が赤文字になっていて、ただいま特許期間中です、ノーランド社のみ製造可能です、なんて書いてあるところがちらほらあった。他にも別の会社が特許を持っているところも当然ある。
タイムカウントつきで、あと10年2ヶ月なんて表記がされていたりする。これが切れたら特許終了で、誰でもレシピを見ることができるようになるという仕組みなのだろう。
さて。特許中の物まですべてマネし放題だけど、さあどう立ち回るのが良いだろうか。