2.その魔法薬は買い取りができません
「遠い……」
徒歩で一時間は歩いただろうか。
都内なら、すでに駅五つ分くらいは歩いているんじゃないかと思えるくらいに、街道を進んだものの。
目の前にあるのは、ただの草原ばかりだった。
先ほどは森だったけれども、そこを抜けたら一気にこの光景なのである。
エリクサー生成を行って、それをぐいっと飲む。
試験管に入った液体の色は黄色なのだけど、こうやってのむと栄養ドリンク各種のようだった。
「とはいえ24時間は戦いたくないな」
懐かしのCM集というのでやっていたのを思い出して、昔の大人はすごいもんだなと思ったものだけど、このエリクサーならそれもできてしまいそうだなとも思う。たぶん睡眠を取らなくても十分体力は回復するだろう。
さて、そんなこんなでエリクサーの二本目を平らげた頃だった。
「おや、こんな町外れで人と会うとは、奇遇ですな」
「行商人さん?」
おお、そんな軽装でこの道を行くとは、と通りすがりの行商人のおっちゃんは、目を丸くしていた。
そして馬車の御者台の上から、馬を止まらせてから下りてくる。
どうやら、話をしようと思ってくれたらしい。
「いかにも。私、薬種取り扱いの行商人エクランと申します」
「ああ、僕は、雫目奏真。ソーマと呼んでいただければ」
お互い自己紹介を交わすと、ちらりと彼は僕の頭のてっぺんから足の下まで視線を巡らせた。
たぶん、この格好のことが気になるのだろう。
って、別に全裸ってわけじゃないよ? 神様的な相手は、ちゃんと服とバッグも用意してくれた。
でも、この街道を歩く上では、たぶんきっと軽装すぎるのだろう。
おっちゃんを見ると、しっかりしたブーツとマントなんてのを着込んでいるくらいだから、僕の格好はいろいろとあり得ないのだと思う。
「なるほど、ソーマ殿ですね。貴殿は町に向かう途中でしょうか?」
そのようななりで、大丈夫ですか? と彼は本気で心配そうな声を浮かべていた。
どうやら彼としては、盗賊のアジトかなにかから逃げてきたのでは、と思ったのだそうだ。
それくらいこの格好は軽装という判断になるらしい。
「いえ、向こうからずっと歩いてきただけです。服は……ちょっと田舎から出てきたもので」
こんなのしか持ってないのです、と言うと、それはご苦労されたのですね、と彼は目を細めた。
まあ、こんなのと言っても管理者製で、実はかなりの性能があるようなのは、先ほど鑑定してわかっているのだけど。
ううむ。やっぱりマントくらいは買った方がいいのかもしれない。
「いや、でも若者はそれくらいのほうがいい。たしかに、あの町はここいらでは一番大きなところですからな。冒険者ギルドも商業ギルドも大きなものがありますし、町の警備もしっかりしていますし」
駆け出しの方が滞在するには、良い町です、とおっちゃんはほっこりと言った。
どうにも、田舎から無茶して出てきた若者という扱いになったらしい。
「でも、失礼ながら、貴殿は剣も槍も持っていない様子。いくら街道を通ってきたとはいえ、無事にここまでこれてよかったですよ」
「ええと、この道も物騒なのですか?」
「ほどほどでしょうか。何往復もしていますが、私の場合は十回に一度ほど、小さめの魔物に襲われます。まあ私程度でもなんとかなるやつですがね」
おっちゃんは、御者台の脇に置いてあるクロスボウに視線を向けながら言った。
なるほど、逃げ切れないときはそれで応戦するわけか。
個人で戦う必要はあるけれど、専用の護衛をつけなくてもいいくらい、という危険度なのだろうと思う。
「戦闘職でなくても、武器くらいは扱えたほうがいいですぞ。商業ギルドでは簡単、自衛道場というのがありましてな。私たちの様な商人に向けての、簡単な護身術を教えてくれているのです」
そういう知識や経験がないのなら、おすすめします、と彼は言った。
「そういえば、ソーマ殿。貴殿はあの町でなんになりたいというのはありますかな?」
ああ、別にスキルを知りたいとかそういうことではなく、とおっちゃんは付け加える。
どうやら、個人の技能などを聞き出そうとするのはマナー違反らしい。
僕からすれば、鑑定でおっちゃんのスキルもモロ見えではあるんだけど、こういうのはきっと珍しいのだろう。
「町にいったら、エリクサーを売ろうと思っています」
「ポーションですか……ということは、創薬のスキルをお持ちで?」
「はい。実際製造もできます」
さすがに目の前で薬を作るのはどうかと思うが、先ほど作ったエリクサーを一本バッグから取り出して見せた。
試験管に入った黄色い液体は、確かにエリクサーと表記されていて、鑑定で見ると各種回復効果があると記載されている。
「ふむ……私の鑑定がはじかれますね。これでもそれなりに自信はあったほうなのですが」
うむーと、エクランさんは腕組みをして、考え込んでしまった。
言いたいことは決まっていて、さあどうやって切り出そうか、という感じの悩み方だ。
「ソーマ殿。貴方が嘘をついているとは思えませんが、これは残念ながら売れません」
「……はい?」
言いづらいことですが、と彼は目を伏せた。
「貴方のポーションは、うちでは買い取りができません」
彼の言った言葉は僕にはあまりにも驚きな内容だったのである。
袖すり合ったのも何かの縁なのでしょう、とエクランさんはその日、この場で野営をすることとして、創薬について教えてくれることになった。
そんなに親切にしてくれるのはどうしてなのか聞いたら、まず、創薬スキルを持つ人間は希少なので、コネを作っておきたいというような話なのだった。
下心があるほうがわかりやすいかと思いながら、今日は素直にその好意を受け取ることにする。
「あの、野営っていうのは、どんな感じにやるものなんですか?」
「……野営なしでここまで来たのですか? 隣の町からここまで三日はかかりますよね」
テントの準備をしながら、エクランさんは、え? と不思議そうな顔を浮かべた。
おっと。今の言動はちょっと不自然だったらしい。
街道を歩いているというのなら、確かに野宿の経験はあってしかるべきだろう。
「僕の場合はその……あまり持ち物もなくて、木の麓に腰掛けるみたいな感じだったんで」
「それでよく風邪を引かなかったもんだね」
「そこは、エリクサーがありますので」
飲めば病気も、疲労も回復ですというと、おっちゃんはやたら優しい視線を向けてきた。
苦労したんだなぁとでも言わんばかりだ。
「まあ、いいでしょう。野営には私はテントを使っています。これでも大きめのものを使っていますから、一緒に入ることもできるでしょう」
一緒にお入りくださいね、と言いながら彼はテントの設営を始めた。
彼が言うように確かに二人が入っても十分な広さがあるようなそれは、荷馬車のすぐ脇に設置された。
普段ならば商売品であるポーションをテントにしまい込んで夜を明かすのだそうだが、今日は商品の方は荷馬車の方に置いておくらしい。
申し訳ないなとも思うのだけど、普段だって念のためにそうしているだけで、雨の気配がない今日なら特に移す必要もないらしい。
「それは?」
「ああ、魔除けのポーションですよ。野宿するときの必需品ですね」
テントを設置し終えた彼は、今度は少し離れた円周上に赤いポーションを垂らしていた。
それは円を結ぶと、かすかに淡い光を発し始める。
まぶしい、ということは無いけれど、光っているのはわかる、というくらいの光だろうか。
「街道の脇とはいえ、魔物がでないわけではありません。野生動物だって居ます。そんな彼らが嫌がるのがこのポーションです。もうちょっと高価なポーションを扱うようになれば、私も移動中だって使いたいのですが……移動時に使える物は値もはるのですよ」
いやぁ、もう少し高い魔法薬も扱える様になりたいものです、と彼は笑った。
ふむ、と思って、創薬スキルを開く。
魔除けポーション作成の項目は三つに分かれていて、低級・中級・上級と三つが存在していた。
もちろん僕なら全部作れるのだが、エクランさんの手前、それを作って渡すことはまだできない。
一人になったら作って、体の周りに振りかけて置こうかと思う。
ちなみに、いま使っているのは低級。一定の場所だけを魔から防ぐという効果があるのだそうだ。
中級は、例えば馬車なんかに使用して、移動中も効果を発揮し、上級だと人への使用ができるとのことだ。
もちろんそれぞれ、近寄らない魔物のレベルというものも異なり、上級ともなればよっぽどの上級モンスターでも無い限り近寄っては来ないらしい。
そんなのとぶつかったら、もはや生きて帰れないよ、とおっちゃんは笑っていたけれど。
逆に、人里に近いところにそういうのが出てくることは、ほとんどないのだそうだ。