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1.創薬の力を得る

 気がつくと、薄もやのかかった部屋の中にいた。

 ああ、知ってる。

 死んだら来るといわれている、例の場所だ。

 二十歳過ぎだっていうのに、僕は路上で思い切りざっくりと刺されたのである。


 けして白いトラックにひかれたわけではない。

 しかし、あのときは本当に痛かったのだが、今ではもうすっかりそんな感覚はなくなっている。

 身体の感覚自体がない、という感じだろうか。


「ずいぶんと達観しておるのう。自分がどうなったか理解しておるか?」

「あなたは、神様的な方ですか?」

 ほっほと、あごひげをなでながら声をかけてきたのは、いかにも仙人とでも言えそうな老爺だった。

 ちらりと足を見てみたけれど、しっかりと地に足はついていて、いわゆる幽霊という感じでもない。


「的ではなく、神様じゃよ。魂の管理を行っている存在じゃ。集合無意識の管理者にして、この世界の霊長類を補佐する存在じゃね」

 唯一神信仰の者が考えるそれとはことなり、しがない管理職だとその神様は言った。

 なるほど。魂の帰る場所か。


「魂の管理……つまり、僕は死んだってことですよね?」

「そうじゃな。まだ若いのに思い切りぶっさされてたからのう。しかも腹とケツじゃよ? ちょっとわしかわいそうになって、おまえさんとは話をしようと思ったんじゃよ」

 ケツはないじゃろ、ケツは、と神様は不憫そうな顔を浮かべている。

 あれ。腹の方で痛くて意識が飛んでたんで、尻のほうは刺された記憶がない。

 というか、尻を刺すってどんだけひどい犯人なんんだろうか。

 犯人が二人いて、もう一人がうっかりやっちまった、とかならわかるけど。


「とまあ、そんなわけで、不憫なおまえさんには選択肢をやろうかと思っての」

「選択肢ですか?」

「そうじゃよ。一つ目は輪廻の輪に戻ってこの世界で生まれ直すこと。一般的な輪廻転生ってやつじゃね。いちど魂を浄化し記憶を消去したのちに転生させる」

 たまーに、消去漏れがあったりするんじゃが……まあたいていは五歳くらいまでには前世の記憶というやつは消えるからのう、と神様はあごひげをさすった。

 なるほど。小さい子の中に、前世の記憶を持つようなのがいるけど、それはここでの消去漏れが原因だったか。


「もう一つは、異世界への転生ってやつじゃね。おまえさんは特にひどい死に方をしたからのう。あの世界がうんざりだっていうなら、そちらへの転生というのも考慮される。というかわしからもこちらはおすすめしたいところじゃよ」

 最近の人間は増えすぎてしまって、魂があふれかえっておるんじゃよ、と神様的な存在は言った。

 確かに爆発的な人口増加は、今もなお続いているという話はよく聞くものだ。


「ええと、その異世界ってのはどういう世界でしょう?」

 魔物がいっぱいでたりとかするんでしょうか? と聞くと、まあそうじゃなと彼は顎をさする。


「それなりに物騒な世界ではあるかの。あの世界のように人同士で争うまでもなく、あっさり一つの国が滅んだり、というのはあるかのう」

 じゃから、魔法も、魔法薬も充実しておるがのう、と彼は言った。

 いちおう、人が覇権を握っている世界ではあるものの、こちらの世界とは発展の仕方が異なるということなのだろう。


「おまえさんも腹かっさばかれた時点で適切に魔法薬をつかっていれば助かったじゃろう。ああ、尻は上級が必要かもしれんがの」

「ちょ、魔法薬って、ポーションとかエリクサーとかですか?」

「そうじゃよ。才能がある人間なら、創薬スキルを持っておるからのう」

 そういうのが無いと、さすがにあのサバイバルな世界で人が生き延びるのは難しいと、彼は言った。


 魔法薬。魔法で一瞬にして傷が治るという、アレである。

「おおおぉ。魔法薬すげー!」

 僕はその話に一気にテンションが上がっていた。

 一瞬で治癒をさせるような、万能薬(エリクサー)が自分の手で作れたらどんなに楽しいだろう。

 子供っぽいと笑うなら笑うといい。

 けれど、そういうのはロマンなのである。高い治癒効果のある液体が、いきなり発光して効果を出す、なんていうのは。


 そういうものに憧れるお年頃なのである。


「じゃあ、異世界行きでいいんじゃな。伊勢の海に行くわけじゃないから、念押しじゃぞ」

「いいっすよ。ああ、でも、才能がまったくないとかだとやだな……努力とかしたら魔法薬つくれるように計らってくれませんかね?」

「なんじゃ、創薬するのが好きとは変わっておるのう」

「わくわくするじゃないですか。何でも治せる薬とか」

 ほう、そうかそうか、と神様的な老爺は感心したような声を漏らす。

 

「そういうことなら、是非もないの。努力したらといわず、すぐにエリクサーを作れるようにしてやろう。あちらの世界は物騒じゃからのう」

 即戦力が必要とされておるから、これくらいはしてやるかのうと、老爺が言うと僕の体が光り始めた。

 どうやらスキルやらステータスやらを調節してくれているらしい。


「ええと……そういや、僕もう死んじゃってますけど、あちらでは誰かの子供として生まれてくるんですか?」

「いや、あっちの管理者にいろいろせっつかれてるからのう。もしお主がよければそのままの姿で送ろうかと思うんじゃが」

 むちむち美少女になりたい、とかいうならそういうのもできなくはないんじゃが、と老爺は言う。

 赤ちゃんとして人生をやり直すというのはちょっと大変そうだと思っての質問だったのだが、斜め上の回答がきてしまった。


「むちむち美少女に転生……」

 思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。

 そういうのも、いちおう嫌いではない。それにむちむち美少女になれば現地の女の子と自然に話せるかもしれない。

 そうして、仲良くなって……


「ああ、ダメじゃった。すまん。それやるにはちょっとお前さんをいじるのに時間がかかりすぎるわい。そうなると赤子から育てねばならんし、あっちの管理者のノルマにたらん……」

「ノルマ?」

 え、とその不穏な言葉に、僕は表情をゆがめた。

 えっと、管理者さん。ノルマってなんですか、ノルマって。


「ええい、こっちの話じゃわい。こっちで多くなった魂をあっちの世界に送るのに、ある程度の希望数ってのがあるだけじゃ」

 別に、やつに脅されているわけじゃないんじゃ、と老爺はあわてた様子で、僕の体に再び触った。

 そして今度は先ほどとは少し違う色合いの光が体を包んだ。

 なんだこれ、体が熱くなるような。


「ほれっ、ちょっとばかしおまけしてやったから、さっさとあっちの世界で新しい人生を送ると良い」

 いちおう服くらいはプレゼントしてやるからの、という言葉が、神様的な彼の最後の言葉となった。

 暗転。そうして僕は異世界へと飛ばされたのだった。


「おっと、あの世界じゃまだ、エリクサーは開発されとらんのじゃった」

 そんな僕がいなくなった空間で、まあ、いいか、と神様はおおざっぱに言ったのだが。それを僕が知れるはずもなく。





「創薬、創薬かー」

 魔法薬が自分で作れるとはかなり楽しみなことだった。

 ポーション、エーテル、エリクサーと、いろいろと夢は広がる。

 神様が言っていたように、僕は異世界にほとんど生前と同じくらいの年齢で転生をしたようだった。

 町中ではなく、森の中にいきなり落とされたのは困ったけれど、森の中といっても近くに街道のようなものは通っているので、きっとそれをたどっていけば、人里にはでれるのだと思う。


 それよりは、いまの興味は自分が与えられたスキルのほうにあった。


 さっそくステータス画面を開いて、スキルのところを押す。

 まるでVRゲームのような操作性だ。

 ここらへんは、こちらの世界の神様の趣味が反映されているのだという。


 作り方に関しては、先ほどの光に知識が入っていたみたいで、まるで今までも作ったことがあるかのように、どうすればいいのかがわかるようだった。

 慣れるまでは手でアイコンをいじるような動作は必要だけれど、慣れてくれば念じればできるようにもなるらしい。


「エリクサー作成っと、これか」

 ぽんと押すと、少し体がだるくなる代わりに、目の前にポンっと試験管に入った黄色い液体が姿を表した。

 いかにも薬という感じの、得たいのしれなさ。

 思わず、おぉー、と僕はうなってしまった。


「鑑定もできるのか。ええと、なになに、完全なる万能薬で擦り傷、切り傷、病気も治しますか」

 すげー、とその説明を見ながら呻いてしまった。

 理想的なエリクサーだ。

 ちなみにその説明の下に、消費期限なるものが書かれていて、あと4年と355日、23時間59分で期限が切れますという表記がされていた。

 カウントダウン方式のようで、それはどんどんと減っていく。


「ま、まぁ、こういうのお決まりの、時間が止まる魔法の袋(マジックバック)とかがあれば、これも保管できんのかな」

 五年という期限は、果たして長いのか短いのか。

 一般的な基準がわからないからこれがどうなのかわからない。

 でも、それくらいあれば、実用としては申し分ないといえばそうなのかもしれない。

 魔法薬というものは、原則消耗品だ。

 そんなに何十年も保存するものではないだろう。


「あとは、これが本当に効くのかどうか……」

 鑑定の結果では、とてもよくできていると出ているけれど、実際使ってみないことには、どうなのかはわからない。

 とはいっても、自分の体に傷をつけるというのは、さすがにちょっと、である。


「都合よく、怪我したのとかいないもんか」

 いちおう森の中だ。

 さすがに魔物に会うのは御免被りたいけれど、怪我をした動物くらいは居はしないだろうか。


 そう思っていると、なにかの鳴き声が耳に入ってきた。

 弱々しい鳴き声とでも言えば良いだろうか。

 きゅうという声は、ちょっと可愛いなとすら思ってしまった。


「うさぎ……あれ、でも、角があるな」

 音が聞こえた方向に少し進むと、木の脇には小さなウサギがぐったりとしていた。

 毛はもふもふな白で温かそうなのだが、その腹部には思い切りなにかに切り裂かれたような傷があり、べっとりと赤い血がくっついてしまっている。


「ま、いいか」

 このエリクサーの評価が正しくその通りなら、これくらいの傷ならすぐに治るだろう。

 魔法薬の使い方は、傷には振りかければいいらしい。

 傷にエリクサーを振りかけると、淡い光がウサギを包んだかと思うと、先ほどまで荒く息をしていたウサギが一気に穏やかな様子になった。

 出血も治まっているようで、残っているのは血で汚れてしまっている毛並みだけだ。 


「さすがに洗ってやることはできないだろうけど……」

 さて、ウサギっぽいとはいえ、角が生えているのを見るともしかしたら魔物の類いという可能性だってある。

 無事に薬の効果がでたとわかれば、もうここに居る必要もないだろう。


「それじゃ、僕はもう行くね」

 うっすら目を開けて、耳をぱたぱたさせている子ウサギを残して、僕は街道の方へ向かった。

 そう。エリクサーの価値がわかれば、あとは人里で無双をするだけである。

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