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クリスマス

メリークリスマスです!


 

「ジングルべール、鈴が鳴るー!」


 覚えたての歌を口ずさみながら、シキョウは満面の笑みで飾り付けをしていた。

 アイカが、どこからか調達してきたもみの木は立派なもので、1番上はシキョウが背伸びして手を伸ばしても届かない。

 そのため、上の飾りはシシツキが担当し、下の方をシキョウが飾り付けをしていた。


 勇者が持ち込んだといわれる、クリスマスというイベントは、1年間良い子にしていた子供が、サンタからプレゼントが貰えるというものである。その日は赤と緑を基調とした飾りで町中が彩られ、魔法で生み出される淡い光が煌々と、静かな夜を賑やかに染め直す。

 王都では毎年盛大な催しものが用意され、楽しみが少なく、冷たい風が吹く冬で、外に出るのが億劫になっている王都民たちの足を、外へ外へと駆り立てた。


 とりわけ、つい先日にクリスマスを知ったばかりのシキョウは、王都が、お祭りムードになるにつれ、気分が浮き足立っていた。


「随分とご機嫌だね、シキョウ」


 最後の仕上げに、シシツキに抱っこをして貰ってツリーの1番上に輝く星を飾ったシキョウは、満面の笑みで頷いた。


「だって、こんな楽しい冬は初めてやもん!」


 冬は、冷たい。牢の鉄格子も冷たいが、常に嵌っていた足枷も酷く冷たく、そして寒さは孤独を痛感させられた。

 見た目の可憐さと裏腹に、鉄さえも捻じ曲げる剛力のせいで、買い手がつかなかったシキョウは、外の喧騒を遠くで聴きながら、牢の隅で身を小さく縮こまらせていた。


 しかし、今年は違う。

 暖かい部屋を、賑やかな飾り付けをして、自分の大好きな人達と共に過ごすのだ。


「それじゃ、今年は盛大にしないといけないね」


 よしよしと、シシツキに撫でられたシキョウは、買い出しに行くというシシツキの後ろを一緒についてまわった。

 浮かれていたシキョウは気が付かない。

 シシツキが、部屋の掃除をしていたアイカに目配せをしたことを。


 ◇


 人混みの中を器用にスキップをしながら歩くシキョウをみて、シシツキはほうっと息を吐き出した。白く染まった息は、瞬く間に見えなくなるが、続いて吐き出した息が再びしろく染め直した。


「あまり遠くに行かないようにね」

「わかってる〜」


 買ったものが入っている袋を、大事に抱えるシシツキの目の端にちらりと、白いものな掠めた。それが、皮切りになったのか、次々と天からふわふわと羽のように漂いながら落ち、シシツキの頬に触れて、ジワリと溶けていった。


「先生、雪降ってきた〜」

「そうだね。降る予報じゃなかったんだけどな…」


 周りを見れば、予期しない雪で雨具を持っていない人々が、店の軒下に急いで避難する様子が見えた。かく言うシシツキも、雨具など持っていない。

 どうするかと、ちらりと袋に視線を落とした。中には今晩のご馳走の材料が。かなり手の込んだものをアイカは作るらしい。材料はシシツキが、抱える袋から溢れんばかりに入ってる。それならば、なるべく早く帰った方がいいだろう。


「シキョウ、家まで走るよ」


 シシツキの言葉に、雪と戯れていたシキョウは頷いた。


「ええよ〜。なら、先生」


 両手を広げたシキョウに、シシツキは首を傾げた。

 その反応に、シキョウもあれっと首傾げた。


「…さすがに、この荷物じゃ、抱っこできないよ?」


 困惑げにそう零したシシツキに、シキョウはムッと頬を膨らませた。


「ちゃうよ〜。荷物貸してって」

「いや、いいよ。これくらい平気」

「うちが持って走った方が、速いやん」

「うっ…」


 図星である。ただでさえ、シキョウの方が速いのに、荷物を持ってとなると、その差は歴然としている。

 結局、最終的にシシツキが折れた。


 ◇


「せんせぇ、おやすみ〜」

「ああ。おやすみ」


 アイカが作った美味な料理をたらふく食べたシキョウは、早々に睡魔に襲われていた。日中ずっとハイテンションであったのもあるのだろう。

 それをみたシシツキが、今日はもう寝るように言ったのだ。

 寝室に消えていったシキョウの背中を確認して、大人組が顔を見合わせた。


「よし、ミッション開始だよ」


 ミッションとは。シキョウの枕元に置いてある靴下の中に、プレゼントを入れることだ。

 なんだ、そんなの簡単じゃないかと、思うことなかれ。


 相手は()()シキョウだ。


 鉄格子を容易に蹴り飛ばしたり、シシツキよりも俊敏性がある体力馬鹿のシキョウが、気配に疎いわけない。

 部屋に入ろうものなら、瞬時に目を覚ますだろう。


「シキョウを起こさないように、プレゼントを置くとなると、やっぱり気配が消すのが上手なアイカくんが適任かな」

「はい、お任せ下さい」

「じゃあ、もう少し時間が経ってから実行だねぇ」


 シシツキに指名され嬉々として役目を負ったアイカは、コウメの助言通り、しばらく時間が経ってからシキョウの寝室のドアを開けた。


「よく寝てますね…」


 気配よーし魔力よしと、自身をみてアイカは頷いた。

 手に持った、赤いリボンで飾られたプレゼントを両手でしっかりと抱えて、そっと部屋に足を踏み入れた瞬間、シキョウの目がカッと見開かれた。


「!?」


 驚いたアイカは、踏み入れた足を引き戻し、静かにしかし素早く扉を閉めた。


「なんや、きのせいやったかぁ~」


 どうやら、意識は覚醒していなかったらしく、その声ののち、再び寝息聞こえる。

 しかしアイカは再び部屋に足を踏み入れることなく、その場を後にした。


「入って1歩目で気が付かれるとは思いませんでした」


 しょんぼりと肩を落としたアイカに、シシツキは仕方ないといった。


「さて、じゃあどうしようかな…」


 最終手段としては、昼間に飾ったツリーのところに置いておくというのもありなのだろうが、あんなに枕元のプレゼントを楽しみにしていたので、なるべく叶えてあげたい。

 シシツキが顎に手を当てながら考えていると、今まで沈黙を貫いていたシキが、声を上げた。

 

「案があります」

 

 そういう訳で、今度はシキがシキョウの部屋の前にやってきた。

 ピッと懐から呪符を取り出すと、それを口元にあてて、小さく呪を唱えた。

 唱え終わると、それをシキョウの部屋の扉の隙間からするりと忍び込ませた。すると呪符は床に落ちることなく、ふわふわとシキョウの部屋を漂った。


 行先は、もちろんシキョウの枕元にある靴下。


 早くはないが、確実に近づいていく呪符を操るシキは、ニヤリと笑みを零した。

 そう、この時までシキは成功を確信していた。シシツキにたくさん褒めてもらうというビジョンまでみえていたのだ。


 しかし、敵は甘くなかった。


「うーん」


 呪符は、無情にも寝返りを打ったシキョウの右手の下敷きになってしまっのだ。


「は?いやいや、おかしいって…」


 あまりのタイミングの悪さに、シキは頭を抱えた。


「無けなしの、呪符使ったのに」


 詳しい説明をすると、ややこしいので、簡単にあの呪符の効果を説明すると、あの呪符が降り立った場所に、ものを転移させることが出来るというものだ。

 呪符の模様がかなり手が込んだもので、シキも易々と生産できない代物なのだが、その便利さは言わずもがな。


 成功を確信していたのが、失敗に終わり、シキは肩を落としながらシシツキに報告しにとぼとぼと歩きだした。


 シキからあらましを聞いたシシツキは、困ったように頬に手を当てた。


「君たち2人が無理なら、諦めるしかないかな…」


 正直、シシツキとコウメは隠密に長けているとはいえないので、結果は眼に見えている

 諦めの雰囲気が漂ったとき、コウメがそれならばと、決心したように口を開いた。


「隠れてダメなら、隠れなきゃいいんだよ」


 どこかの女王のようなセリフは、自信に満ち溢れていた。

 首をかしげたシシツキに、コウメの作戦が耳打ちされる。

 それをしばらく、吟味したシシツキは、よしと頷いた。


「とりあえず、やってみようか」


 ◇


 ゴソゴソと音がして、シキョウは敏感に目を覚ました。


「まだ起きてるの」


 呆れたような口調に、聞きなれた声。風呂上がりなのか、結んでいない髪がサラサラと靡いている。


「せんせぇや〜」


 夢うつつで呼ぶと、ベットに近づいて頭を優しく撫でてくれる。

 研究者らしい、ペンだこのある手が、髪の毛を梳くように動く。

 その手が気持ちよく、シキョウがもっとと強請ると、仕方ないと撫で続けてくれた。


「早く寝ない子には、サンタは来ないよ」

「いややぁ〜」


 プレゼントは欲しい。だけど、この甘美な手が離れるのも嫌だ。

 そう我儘を宣うシキョウにシシツキは仕方ないとベットに座った。


「寝るまで、撫でてるから」


 ゆっくりおやすみと言ったシシツキを、シキョウはベットに引きずり込んだ。


「せんせぇ〜も、一緒に寝よ?」


 コテンと首を傾げながら誘っているシキョウだが、既にがっちりとシシツキに巻きついている腕は、拒否権を与えてくれなかった。


「今日だけだよ…」


 先程靴下の中に滑り込ませた呪符があることを確認して、シシツキはシキョウに頷いたのだった。


 ◇


「私でさえ、添い寝して頂いたことないのに…」


 そう悔しげに唇を噛むアイカから視線を逸らすと、嬉しそうに貰った靴をコウメに見せびらかしているシキョウが見える。


 今朝、サンタさんからプレゼント届いてるという、シキョウの歓喜の声で目が覚めたシシツキは、その姿を満足そうに見守っている。


「そうだ、アイカくんとシキ、お疲れ様。手伝ってくれてありがとう」


 これ、クリスマスプレゼントと打ちひしがれている2人に差し出すと、二人ともみるみるうちに目を輝かせた。


「「ありがとうございます!!」」


 こういう所は、本当にそっくりなんだよなと、心のうちで呟きつつ、コウメの分はあとから渡そうと、しまい直した。


 いつもは、ギンチヨやアカツキから貰ってばかりだったので、こうして誰かにプレゼントする側になると、これはこれで、とても楽しい。


 賑やかな部屋を見回して、シシツキは笑みを浮かべた。


「悪くないね」


 外からは、誰かが雪を踏む音が聞こえた。



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