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with天雨美姫さん(下)

 

「なんか、外が騒がしい…」


 研究に没頭していたシシツキは、ふと顔を上げた。

 現在、シシツキの研究室には助手であるアイカは居らず、シシツキ1人だ。

 研究棟の1番端っこ、しかも騒動とは真逆の位置であることもあってか、気づいていなかったようだ。集中力が切れたタイミングでもあったので、シシツキは廊下側の扉を開いた。

 その目の前を、綺麗なフォームで走り抜ける影が3つ。


「緊急事態かな?」


 先頭を走っていた見知った顔を思い浮かべながら、仕方ないとシシツキは3人の陰の後を追いかけた。


  ◇


「そういえば、君は実戦をしたことがあるのか?」

「はい、昔“近所のお兄ちゃん”と、近くの森に行ったことがあります」


 ミキが時々口にする“近所のお兄ちゃん”は、余程優秀らしい。ミキに座学を教えただけでなく、身を守る術も叩き込んでいたのか。

 少し自慢げに話すミキを横目で見つつ、ヤマトは見知らぬ“近所のお兄ちゃん”に面白くない感情を抱いていた。


「着きました」


 研究棟を一気に駆け抜けて見えた現場は、混乱に満ち溢れていた。

 ゴブリンにオークなどなど、初級の冒険者が相手にするような魔物が、小さくない研究棟の中庭にひしめき合っている。


 実力では問題ないが、数で押されている。


 ヤマトがそう判断したように、既に怪我人が出ているようだ。

 また、数のせいでかなり陣形も崩れており、もはや乱戦になっている。


「慌てるな!実力はこちらの方が圧倒的に強い!」

「魔法で数を減らします。魔法が使えるものは、1列に並び、広範囲の殲滅系魔法の待機、属性は問いません」

「他のものは、下がれ」


 生徒会が来たとわかると、戦っていた風紀委員達に安堵の表情が巡った。

 テキパキと指示を出すヤマトとミキの表情が曇ったのは、魔法を打って数分あとの事だった。


「生徒会長、気のせいでなければ、数が減ってません」

「奇遇だな、アマウ・ミキ。私も同じことを思っていた所だ」


 まるで、どこかからか湧き出ているようだ。しかし、原因がわからない。ヤマトは苛立たしげに、眉を顰めた。


 仕方ないと、ミキが小さく呟いた。


「生徒会長、多少研究棟に被害が出るかもしれませんが、中庭全体を範囲とした魔法を使います。それなら…」

「無茶だ」


 ミキの提案をヤマトはキッパリと跳ね除けた。

 理由は2つ。1つ目は、広範囲の魔法は暴発しやすいこと。暴発したら、この場にいる全員の命に関わる。

 2つ目は、ミキの魔力量がそこまで多くないこと。魔力の過剰使用は、命に関わる。


「しかし、このままでは、こちらはジリ貧ですよ。私と生徒会長を除いて、中庭全体を覆える範囲の魔法を使えるものは、この場にいません」


 指揮を執る生徒会長が、居なくなれば、それこそ対応の仕様がない。ヤマトは、ミキの言葉に、首を縦に振るしか無くなった。


「そうだ……」

「ねぇ、あのさぁ」


 面倒くさそうな、しかし不機嫌そうな色を滲ませた声が、現場に涼やかに響き渡った。知った声に、視線が流れる。


 ゆったりとヤマトとミキに近づくシシツキは、水色の瞳を2人から、騒動の現場に向けた。


「なんでこんな状況なのに、教師呼ばないの?君達だけじゃ、手に余るよね、これ」


 目の前のことをどうにかしようとしすぎて、そこまで考えが行き着かなかった。

 目から鱗が落ちたように、目を瞬かせるヤマトとミキに、シシツキは呆れたような表情を向けた。


「まあ、今はそんなこと言ってる場合でも無いか。みんな、その場を動かないでね」


 普段は、スラム街出身のこの教師に楯突く者も多くいたが、教師という年上の存在が現れた安心感か、素直に立ち止まった風紀委員達にシシツキは、満足そうに頷いた。


「“消エ失セロ”」


 単純な願望を紡いだ言葉は、単純故か、ヤマトが想像したものとは桁外れの威力を見せた。

 炎が、中庭全体を駆け巡り、中庭を覆い尽くしていた魔物達を、次々に灰にしていった。

 熱風が頬を激しく叩くが、そんなことも気にならないほど、ヤマトは驚いていた。

 いつもは、歴史の授業を飄々とこなしているシシツキとは、かけ離れたイメージだ。


「アレが、原因みたいだね」

「え、あ、あぁ…」


 瞬く間に魔物が殲滅された中庭の中央に、拳程の大きな石が転がっているのが見えた。それは直ぐに自らが吐き出し続ける魔物によって姿が隠されてしまった。

 恐らくでもなく、アレが事の発端の原因だろう。


 驚きから抜け切っていないヤマトをよそに、ミキはシシツキの袖を引いて聞いた。


「先生、先程の魔法はあとどれ位打てますか?」

「いくらでも打てるよ」


 シシツキの返答に迷いはなかった。それは自信に満ちあふれたものではなく、淡々と事実を述べただけだ。まあ、彼にとってこの程度の魔法は、児戯に等しいのだろう。

 ミキは、その返答に予想通りというように頷いた。


「生徒会長、出番ですよ」

「わ、わかっている」


 ミキに声をかけられ、ヤマトは慌てて剣を抜いた。同じくミキも短剣を抜いて構える。

 それを見て、シシツキが指示をだす。


「じゃあ、俺が周りの魔物を蹴散らすから、ヤマトくんとミキくんは、石をぶっ壊してきてね。あとは、フォローのための初級魔法を待機させておくこと」


 よーい、ドンと気の抜ける合図で、ヤマトとミキが駆け出す。

 単純な腕力なら、ヤマトの方が強い。だからこそ、この編成なのだろう。


 炎が、ヤマトのために道を切り開く。

 後ろから来る魔物は、ミキの短剣によって次々血の海に沈められていく。


 ここまでお膳立てされて、壊せませんでしたじゃ、カッコつかない。件の石が見えた瞬間、ヤマトはそれに向かって剣を全力で振り下ろした。


「ぶっ壊れろぉ!!」


 かくして、石は思ったよりあっさりとヤマトの剣を受け入れた。

 むしろ、勢いが良すぎて、毛躓いた。

 恐らく、炎が周りを覆っているため、風紀委員達には見えなかっただろうが、後ろにいたミキにはハッキリ見えていた。


「格好つかないですね、生徒会長」

「うっ…」


 ミキの言葉が、グサリとヤマトの心に突き刺さった。

 傷心中のヤマトは置いておいて、事態は取り敢えずの収集がついた。


「さて、この石の黒幕は誰だ」


 もはや、ただの道端の石と同じに成り果てた、件の石の欠片をながめながら、ヤマトは呟いた。

 それを横から見ていたミキは、何かを考えるように顎に手を当てたあと、ニッコリと微笑んで言った。


「この件、あとは私に任せて頂けませんか?」

「あ、はい」


 ヤマトは、頷くしか無かった。

 後日、1人の生物学教師が、学園を去っていったと言う。



「そういえば、あの件、どうなった?」

「そうですね、強いて言えば、おど…お話をして解決しました」


 とある日の、生徒会の話であった。

お粗末さまでした

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