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with天雨美姫さん(上)

時系列的には、勇者達が召喚される前です。


 

 朝、執事に声をかけられ目が覚める。

 着替えながら、本日の予定を確認した後、朝食が運ばれてくる。

 国民が大事に育て、コックが腕によりをかけて作った料理が、純白の皿を色とりどりに彩り、食欲を掻き立てる。

 テーブルマナーは染み付いていて、意識する事などない。優雅に食事を終えると、カバンを手渡され、学園へ向かう王室専用の馬車に乗り込む。

 これぞ、王子らしい優雅な朝だ。


 満足だと頷きながらこの国の第3王子であるヤマトは馬車を降りた。降り立ったのは、2年前から通っているこの国1の大きさ、学力を誇る学園だ。


「さて、今日も頑張るとしようか」


 身なりを整えながらヤマトは、不敵に微笑んだ。美形が揃う王家の中で、野性味のある風貌を持つヤマトの、獰猛な笑みを見た女子生徒数人が、頬を赤く染めて黄色い悲鳴を上げた。

 しかし、ヤマトにはその騒動が届かない。


「今日こそ、ギャフンと言わせてやる」


 その誓いをたてて、早1年と半年。それが達成されたのは、一度たりともない。

 なんせ、立ちはだかる敵は、2年間に渡りヤマトを押し退けて学年トップの座に居座り続ける猛者だ。

 ふんすと、心の中の拳と、実際の拳をリンクさせたヤマトの背後から、宿敵の声が聞こえた。


「あら、生徒会長。おはようございます」

「ぐっふっ!」


 驚いた拍子に、王子らしからぬ奇声がヤマトの声から発せられたような気がするが、当人はそれどころではなかったし、目の前にいる人物もそんなこと気にしなかった。

 正確にいうと、変な人だなとは思っていたが、声に出さなかっただけだが。


「お、おはよう。アマウ・ミキ」

「毎回言ってると思いますが、ミキでいいですよ。フルネーム呼ぶなんて面倒くさいじゃないですか」


 肩まで伸びた琥珀色の髪に、意志の強さが反映されているように目じりが上がっている目は、明るい紫色に輝いている。彼女の胸元には、ヤマトと同学年であることを表す赤色のリボンが風になびいていた。氷のように冷たい美貌を持つ彼女は、同じく冷めきった瞳をヤマトに向けている。


 彼女こそヤマトが越えられない壁だ。


 庶民出身でありながら、珍しい姓持ちで、幼いころから英才教育を受けてきたヤマトがかなわないほどの学力を持ち、現生徒会書記だ。ハイスペックの域を超えている。


「君はいつも唐突に現れる」


 心臓に悪いからやめてくれと、ため息を吐いたヤマトに、ふふっと嗤った。


「注意力散漫なのでは、生徒会長。だから、この前みたいに書類の印を間違えたりするのですよ」

「ぐっ……」


 早速ぎゃふんと、言いかけたのをこらえながら、ヤマトはぎっとミキを睨んだ。その迫力たるや、子どもが見たら泣くレベルであるが、ミキは素知らぬ顔で受け流した。


 王族ということに畏怖しない生徒は幾人かは居るが、ここまでヤマトが王族であることを軽く見る生徒は、彼女くらいだろう。まあ、そのお陰で、ヤマトが望んでいた“気安い友人”との関係を味わう事が出来るのだから、複雑なものだ。


 自然と肩を並べて玄関へ向かう2人に、様々な視線が突き刺さる。

 それは羨望かそれとも嫉妬か。視線の種類はハッキリしないものの、それに関しては2人とも無関心だ。

 教室までのさほど長くもない廊下を歩いていたミキの足が、角に差し掛かった瞬間ピタリと止まった。


「そういえば、寄るところがあるので、先に教室行っといて下さい」

「当たり前だ。なぜ私が君と一緒に行動する必要がある」


 玄関で、ミキが靴を履き替えるのを待っていた人物が言ったとは思えない台詞を吐きながら、ヤマトはミキが曲がろうとしているのとは逆の教室へと続く廊下に、足を向けた。



 基本、授業が始まるとヤマトとミキが会話することは放課後まで無い。なぜなら、ヤマトの周りには、王族の取り巻きになりたい貴族が押し寄せ、逆にミキには、ミキを慕う平民の生徒達が押し寄せるからだ。そこに王族であるヤマトが入り込んで水を差すのは、野暮だろう。


 だから、次に交わされた会話は…。


「生徒会長、書類を振り分けておいたので、こっち側は目を通してサインを。こっち側はサインだけお願いしますね」

「ああ……」

「あと、これは昨日の会議の議事録です。時間がある時でいいので、目を通して下さい」


 会話というより、事務連絡。しかしこれがあるから、ヤマトの仕事がサクサク終わるので、必要不可欠なものだ。

 書記のする仕事ではないが、有難いので何も言わない。


「ところで生徒会長、鞄の中にあるもの出してください」


 ピクリとヤマトの眉の端が動いた。そして、書類に伸ばしていた手を下ろして机に肘をついた。


「何の話だ」

「誤魔化さないでください。匂いでわかっているんですから」


 ミキの瞳が、鞄に釘付けになる。

 それに、呆れたような視線を送るヤマトは、犬かと小さく呟いた。


「別に、私がどう扱おうと勝手だろ。強いて君に渡す必要性は無い」

「あります。今朝、御本人から、“ヤマト皇子に渡しておくので、みんなで分けてくださいね”と聞いたので」

「……」


 ヤマトの脳裏に、ミント色の髪が過ぎった。

 無理矢理鞄の中に詰めているなと思ったら、こういう事だったのか。


「ちはー!先生の話長くて遅れちゃった」


 ごめんねぇ〜と言いながら、部屋に飛び込んできた小柄な女子生徒が、ヤマトとミキの無言の睨み合いを見て、おやと首を傾げた。


「何してるの、ミキ」

「生徒会長からお菓子を巻き上げてます」

「よくやるねぇ」


 感嘆の声を上げながら、じゃあ、私はお茶をいれるねと給湯室へ向かった彼女は、何を隠そう副会長である。そして、貴族らしからぬフットワークの軽さと、ミキとヤマトに次ぐ頭脳の持ち主を持つ、平民からの支持も厚い人物だ。

 彼女が自分の味方であると確信を持ったミキは、右手をスッと差し出した。


「そういう事です、さっさと菓子を渡しやがれ」

「口が悪いぞ」


 結局分が悪いと、ヤマトは渋々お菓子を差し出した。


 お菓子とお茶が揃うと後は、紙をめくるパラリとした音と、ペンがノートを引っ掻く音だけが生徒会室を満たした。


 そこに、事件を告げるけたたましい足音が聞こえてきた。

 その足音は程なく生徒会室の扉を勢いよく開けると、慌てているのか上ずった声で叫んだ。


「学園に、魔物がありゃわれましたっ!!」


 その言葉に、ヤマトは顔を青くして立ち上がった。

 同じくミキも表情を険しくして立ち上がる。


「なんだと……」

「場所は!?」

「研究棟です」

「被害は」

「今のところ怪我人はありませんが、現れた魔物の数が多すぎて…!風紀が今のところ対応していますが!!」

「わかりました、案内してください」


 そう言ってミキが鞄の中から短剣を取り出すのに倣うようにヤマトも普段は布に包んでいる片手剣を取り出した。

 その表情は心なしかどんよりと曇っている。


「じゃあ、イノちゃん。お留守番頼みましたよ」

「はい、任されました。行ってらっしゃい〜」


 軽快に走るミキの後ろを走りながら、ヤマトは小さく呟いた。


「それ、私の仕事だろ…」



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