「鉄の敗北」
「……なるほどな。それで深く斬られるのを防いだか」
「……?」
ペトラが何を言っているのか分からず、目を凝らす。
斬られた肉の先。
本来なら、溢れる血で痛々しい状況になっているはずの場所に――黒光りする、奴の放つ鎖と同質の何かが埋め込まれているのが見て取れた。
いや、あれは同質の何かというか――
「しっかし、鉄属性の使い手とはねぇ。あまり見かけないから対処遅くなっちゃった」
「……鉄属性。ということはペトラ、あいつの身体の中に見えるのは、」
「ああ……体内の魔力を変質させ、体の内側に鉄を発生させてるのさ。体内に着る鎧のようなものだな……リスクもそれなりに高そうだが。だがもう何をしても無駄だぞ。そこにも、既に水は入り込んでる」
「!」
男の動きが止まる。
「水は入り込んでる」――恐らく先の転移魔法のように、ペトラの魔力が込められた水なら何かできるんだろう。
「触れただけでアウトか。恐ろしいな、水属性は」
「その意味で言えば一番恐ろしいのは風だけどね。それで? 兵士長。今こいつを生き永らえさせてるのはなんでです? すぐ斬っちゃえばいいハズでしょ」
「聞きたいことがある。ペトラ班は学園の障壁が開いたらすぐ入れるようにしておけ」
言いながら大剣を肩に乗せ、ペトラが敵を睨む。
「――お前。どこから来た?」
「――――……」
血を流しながら、鼻で強く息をしながら沈黙する巨漢。
伸びきったまましまわれず、力無く散乱した鎖の中、ペトラが続ける。
「お前は他の奴らとレベルが違う。内であれ外であれ、それだけの実力があるなら多少なりとも顔や名が売れていておかしくない。だというのに、私はお前をついぞ見たことが無い。国内外の情報すべてにおいてだ。もしやお前は――」
「ガアアァぁっっ!!!」
太い絶叫。
と同時に――地を砕きのたうつ鎖の奔流と、その先の鮮血。
「――――――」
ペトラが大剣で弾いた鎖の束。
それが繋がる先には――袈裟懸けに斬られ、口から吐き出した鎖の下から血を滴らせて倒れ行く巨漢。
じゃらん、という音と共に、男はついに倒れ伏した。
「……こ。殺したん、ですか?」
「! ま、マリスタ?」
いつの間に来ていたのか、悲壮を滲ませたマリスタが俺を追い越して前に出る……こいつ、まさか。
「……おいマリスタ。マリスタッ!」
「任務完了ご苦労様、アルテアスさん。でも下がっててね」
「!」
俺の意図を察してか、ギリートが腕でマリスタを制する。
心配そうに――そう、心配そうにだ――倒れ血だまりを作りつつある男とギリートの間で目を行き来させるマリスタに、ギリートはニコリと笑いかけた。
「何? まさか助けるつもり? 敵を??」
「っ……い、行きがけの敵は全部斬られて、その……無力化されてるだけの人が、その。多かったよ! 敵だから、はずみで死んじゃうのは仕方ないけど、何もその、狙って殺すこと――」
「甘いことを抜かすなアルテアスッ!」
ペトラの一喝が飛ぶ。




