「水の女神」
――仕留められたアルクスローブの者達が、次々消失し。
「てっ――――」
ヘヴンゼル学園前の石床に、突如穴が空く。
「敵襲だァァァあああぁッッ!!!」
『!!?』
穴の至近で叫んだ悪漢が、延髄に打ち込まれた蹴りの一撃で意識を飛ばす。
その銀髪を視認、めいめいの得物で一息に打ちかかった周囲数人の悪漢達は――
「――目覚めろ」
『ッ!!?』
銀髪碧眼のアルクス――――ペトラ・ボルテールの背に突然現れた水車機構を持つ大剣に、攻撃のすべてを防がれた。
「鮫流剣パリアセカンド」
『うおっ!!?』
水車が回転、水が悪漢達の目を残らず潰す。
「あそこが侵入路だ!」
「一人しか出てきてねぇ一斉に潰せェッ!」
更に襲い来る敵の群れ。
ペトラは水車の回転数を上げ続ける大剣を素早く振り回し両手で握り、
一閃、回転。
全方向に広がった水の波動が、敵も魔法もことごとく吹き飛ばす。
「なんてアマだおォい!!!」
「道を塞げッ! 奴らを学園に近付けんなッ!」
学園へ続く道に密集し襲い来る悪漢達。
ペトラは薙ぎ払った大剣を手元で一回転させ床に突き刺し――――柄の機構をひねる。
カキン、と。
回転を続ける水車の中心が開き――――充填された魔波で青白く霧がかった、その出力部をのぞかせた。
「海神の三叉槍」
――――轟砲。
大剣出力部から放たれた海龍の咆哮は飛沫を迸らせて街路を蹂躙、塵とばかりに男達を吹き飛ばす。
その水圧は如何なる違いか――しかし、先にマリスタが放ったそれとは質も威力も比較にならぬ。
「バケモンめ……だが、」
残されたのは、障壁を用いてしぶとく海龍から脱し、水浸しでうめき蠢く悪漢達。
一部は水滴を滴らせながらも尚立ち上がり――無詠唱にて英雄の鎧を体に付与、腰をかがめて突撃の構えを見せる。
(ネタが割れれば大したことはねぇ……あのデカい剣は飛び道具になり得るってことだ。それにさえ気を付けていれば……あんなモンは振り回し辛れぇ鉄の塊でしかねえ)
水を蹴り、ペトラに迫る数人の男達。
距離にして十数メートル。
身体強化を施した魔術師にとって、その程度は距離にさえなり得ない。
にもかかわらず――ペトラが起こせた行動は、手にした大剣を両手で背に振り掲げることのみ。
(水の刃でも飛ばすつもりか――だがその鈍さ、避けてくれと言ってるようなモンだぜ!)
(殺す!)
(あいつがしくじっても俺が後ろから潰す!)
(ひざまずけ俺達の力に!)
迫る複数の足音。
その中央で目さえ閉じる銀髪の女性。
悪漢達の手がまさに彼女へ届こうとした瞬間、
『――――――――、』
鮮血は、迸った。
動いたのは一人。
ただ一挙手、掲げた魔装剣を振り下ろしたペトラの一斬のみ。
しかし――その一閃に斬られたのは、彼女の水を浴びていたすべての男達。
(――なんてこった)
大剣の重量で肩口から深々と切り付けられ、男は声も無く崩れ落ちていく。
(奴の水に触れてるだけで……アウトなのかよ――――!!!!)
各所で血飛沫に染まる石の床。
だが中央に立つ女傑には一切の返り血も無し。
その巨大な刃が光と収束し、大剣はただの杖へと戻る。
杖を腰に収め、兵士長は告げる。
「進入路周辺の安全は確保した。各隊進発、先の道を確保しつつ進め」
汗一つにじませぬ平静。
美しさすら感じさせるたたずまい。
ペトラ・ボルテール。
ガイツ・バルトビアと双璧をなすアルクス兵士長の手により、学園区敵勢力はすでに半壊を迎えていた。




