「500人の戦い」
◆ ◆
「きっ……聞いてねェぞこんな数ぅぅううッッ!!!」
人二人分ほどの高さのある王都ヘヴンゼル――東門から、悪漢の一人が冷や汗をかきながら内側へと転がり込む。
「お、おいマジなのか! マジでアルクスの奴らが……」
「ま、間違いねえ……あの人数が全員アルクスローブだ! 全員アルクスなんだよ!」
「馬鹿言ってんじゃねえぞ!? ボスの話じゃ、アルクスってのは少数精鋭を謳う連中で――」
「ああ、数頼みの軍隊とは違げェって話だったはずだ!」
「どうなってんだよボォスッ!」
「おいどーすんだよ来たぞ来たぞ! 何も対策がねェ!」
「落ち着け。騒いだところでどうにもならねえ」
眉の無いロングヘアの男が、手にしたスキットルを片手に揺らしながらゆらりと立ち上がる。
すすけた色の前髪の隙間から覗いた虚ろな赤黒い目に、男達は水を打ったように静かになった。
「ワーヴローさん、でも……」
「考えろよ。いくら数が多かろうが門はこの程度の大きさだ。一斉に来るにしても限度がある。五百人が一緒にはかかってこねえ」
「い、言われてみりゃあ……」
「くけけ、そん通りだ。なーにビビり散らかしてんだ戦う前からよ」
ぼさぼさの伸び放題な髪をした長身の男が片手でナイフを弄び、建物の軒に座る男が笑う。
「ヒンコ……あんたは怖くねーのかよ。相手は……」
「けかか。おめーらだってウデ買われてここにいんだろが。ちったぁ金に見合った働きみせよォって気概はねーのかよ。だっせーな」
「同感だな、腰抜け共めが。俺はこんなにもワクワクしてるってのによ」
ワーヴロー、ヒンコと呼ばれた男達。
彼らがこの東門における精神的支柱であることは、誰の目にも明らかであった。
ワーヴローはスキットルをゆらゆらとあおりながら口を開く。
「距離はどうなんだ?」
「ま、まだ櫓からローブが目視でき始めたくらいだ」
「マジかよ。遅いよ」
「いや、だから作戦が立てられるんだろ? いっそのこと、どっか隠れて不意打ち――」
「かこけ。違げーよ」
「……え?」
「なるほどな。次元が違ったんだろォな、お前らと俺らとじゃ」
「あ、あんたら何の話を――」
「馬鹿が。目視なんかできたときにはもう遅いっつってんだ」
「――え、」
◆ ◆
「ここまで近付いても、障壁を展開する素振りも無い……か」
「奴等、門の警備兵や治安部隊を一人残らず排したらしいな。兵がいないから王都の防衛策への使い方を知らないんだろう」
「――好都合この上ない。離れてろ」
◆ ◆
「でも俺らも同罪だろ、けかか! 確認が遅かったんだからよ!」
「そして、あの男が兵舎を丁寧に全潰ししてくれたおかげで、こっちは門の障壁を展開させることも叶わんと。ままならんな」
「の割には酒進んでんじゃねーか! かかかか」
「――そうだな。最近は傭兵共ばっかりだったが……アルクスとやり合うのは久しぶりだ」
「なに悠長なこと言ってんだよあんたらっ! ワーヴローさんっ、もう遅いってのはどういう――」
――男が発せた言葉は、そこまでだった。
突風、そして――
ぐっ……がああああぁぁぁぁぁぁあああっっっ!!!?
――鮮血と悲鳴が、門を貫いた風に掻き消える。




