「敵、その登壇は軽やかに」
「……そして、相手が『本物』だった場合……相手からは自分を殺し放題って状況が出来上がる訳だな」
「は、そんなとこだ。二十年前には地図が書き換わるような戦いが起きたって言うが、そりゃ『本物』同士がぶつかったときだろうよ。『本物』とその他大勢がぶつかったって、まず間違いなく一瞬で終わるからな」
「……ねえ、ケイ。マリスタは?」
腰の高さにある石造りのモニュメント基部に腰掛け、ヴィエルナが問う。
時間はもう過ぎているが――奴の姿は見当たらない。
「俺が知るか」
「ってか……来れるワケねーよな、やっぱ。あの親父が許すとは思えねえ」
……その通りだ。
オーウェン・アルテアス、大貴族の当主でもあるあの男が一人娘を、しかもついこの間まで背骨が折れて死線を彷徨っていた病み上がりを参加させる訳が――
「遅れましたーーーーーーッッ!!!!!!」
――――大声。
視線の先には、肩で息をしながらこっちを見て微笑む赤毛のポニーテール…………なんで来れたんだ?
「マっ――マリスタ!?!? てめ、なんで来れて……」
「おロハザーおはよ!! いやー説得するの超時間かかっちゃったわホント父さんったら。寮部屋に閉じ込めようとしてくるしいざ部屋の出入り口開けたら実家につながる魔法かけられてたしメイド共に監禁されそうになるしサイファスまで邪魔するし!!!」
「そ、そこまでされても戦争に参加したいってのか、マリスタおめー……」
「冗談。私は戦争に参加したいんじゃなくてココウェルを――そこで苦しんでいる人を助けたいの! 殺し殺されなんてまっぴらだから。あ、あとケイを守るためにもね!!」
「……俺はお前なんぞの世話にはならん」
「あーはいはいそういうのいいですから。私が勝手にお世話するだけなのでどうぞお構いなく。ってかええっ!? ヴィエルナちゃんなんで?! まだ腕完全にくっついてないでしょ?!? 病み上がりは危ないから止めた方がいいって!」
「自分の背骨のこと思い出しながら言ってみやがれてめー……」
「うおロハザーもいたの?」
「居ただろさっきから!!たった今話したろーが!!」
「てか真っ二つになったあんたに背骨のこととか言われたくないし」
「『なって』はねェよ『なりかけた』だ!! 完全にへし折れたてめーと一緒にすんじゃねェよちょっとモロいんじゃねーんですかァその背骨ェ!?」
「ぬっ……ぬァにがモロい背骨かアンタの身体よりマシだっつーのよバカ! ワンパン野郎!!」
「ワンパン野郎?!?!? ざけんなよテメェお前だってワンパンで潰れたんだろが!」
「私はあいつの技といっぺん引き分けたんですけどォォ??!!」
「んなもん俺もだっつーんだよォォ?!!?!」
「ほぉ~んじゃどっちが真のワンパン野郎か白黒つけましょうか今ここでぇ?! あんたのどてっぱらと私の背骨とどっちが強いか!!!」
「なーにが真のワンパン野郎じゃ名誉なのか不名誉なのかどっちなんだボケッ」
……猿二匹から構成される真っ二つズの、最早人間として異次元な会話。
一応、治療が遅ければ二人とも命を落としていた可能性のある者達らしい。
本当なのだろうか。
「ガタガタ騒ぐなガキ共ッ!!」
『いっ!!?』
ビクリ、と体を跳ね上がらせて声の方向を振り向く二人。
アルクス特有の藍色のローブを身に纏い、歩いてきたのは巨躯の男ガイツ・バルトビアと銀髪碧眼の女ペトラ・ボルテール。
そしてその隣には――同じく藍色のローブに付いたフードで頭を覆ったココウェル・ミファ・リシディア。
「これより班構成及び作戦を説明する……と言いたいところだが。先に見せておかねばならないものがある。特にこれまで、『貴族』の名を持っていた者達にはな」
『!』
集まった者達の戸惑いを他所に、ペトラが持っていた魔石――青を基調にした石を金属で加工した跡が見られる記録石に魔力を注ぎ込み、宙に放る。
果たして、
『ずふふふふふははははっっ!!! 見ているかなァッ!? リシディア全域、かつて貴族と呼ばれた選ばれし者達よッッ!!!!!』
――――敵の首領は、姿より先にその素性を俺達の前に晒し始めたのである。
「我が名を・知って・おる者も居ろう。私の名はノジオス・フェイルゼインッッ!!! これからリシディア家に代わり、この国を統べることになる王の名だッ!!」
「何なのコイツ……ッ!!!」
ココウェルが俺達の側に回り込み、ローブの裾を握り潰しながらノジオスと名乗った小男を見る。
ノジオスは被った黒のシルクハットを小粋に手で弄び、再び勝ち誇った目で画面を見た。
背後にいる俺にも聞こえる程、ココウェルが歯を軋ませる。
「アルクスッ! 説明しなさい、何故あなた達がこんな映像を持っているの!!」
「この映像は、つい先刻リシディア全域に向け放映された魔視機の録画です」
「! テレビのっ……」
「まずは続きをご覧ください」
『――解っている・解っている。君たちはつまり、我々を未だ反乱軍と見ている・まそれが当然のことでしょう!!――だが本当に諸君らはそれでいいのかね? たゆまぬ研鑽と選別の果てに結実しつつあったその類稀なる血筋、燻らせたままで終われるのかね? 否ァッッ!!!』
――喝とばかりに放たれた壮語が、耳朶を揺らす。
「我々は終わらされただけだッ! 我々貴族の力で以て躍進していた国を、刹那的な同情とその場の思い付きで改変してしまった稀代の毒婦っ、リシディア第一王女ヴィリカティヒ・セラ・リシディアによって殺されただけに過ぎないィッッ!!!」
「ふッざけ――――」
「立ち上がれ貴族たちよォォッッ!!! 雌伏の時は終わったのだァァァッッ!!」




