「彼女なりの抵抗」
シャノリアは机上の黒い紙を見つめ固まる者達に、まるでその紙との時間を噛みしめさせるように、じっくり時間を取って放課を告げた。
普段の放課後と打って変わって、動く者の少ない教室。重苦しい沈黙の中を、俺は出入口へ差し掛かるシャノリアに近付く。
表情こそ変わらなかったが――彼女は諦念と悲しみの色を宿す目で俺を見、無言で背を向け歩き出した。
後を付いていき、辿り着いたのは第四層の面談室。
シャノリアに促され、中へ。
背中でピシャリと引き戸を閉めて電気をつけたシャノリアは、そこで初めて――どこか子どものように――眉を吊り上げて俺を見た。
「迷惑をかけるつもり? 私達に」
「…………その言い方が一番、俺が俺の行いを後ろめたく思うだろうと思ったということか?」
「そうね。でも本当にそうなる可能性も高いと思ってる。……自分の現状を理解できてる? あなたはつい一週間前に、左腕を切断されたばかりなのよ」
「ああ。そして問題なく癒合した」
「見かけ上はね。戦闘ではどんな不具合が起こるかわからない。まだ安静にしてなきゃならないの」
「なら規定にそう付け加えるべきだったな」
「ホントに。でもあの学長代理はそうしなかった」
「規定を吟味している時間などないだろうからな」
「……何もかも見通した上で王女様に近付いたってわけね」
「ああ。他に話が無いなら戻るが?」
「戦場に着いたらどうするつもりなの?」
「どういう意味だ?」
「病気を押してザードチップ先生と戦うことを選んだあなたのことだもの。どんな任務を言い渡されようが、戦場に着いたとたん強い人を探していなくなってしまいそうな気がして」
「……知ってるんじゃないのか。俺がそんなこと出来ないことくらい」
「知ってる。自分に危険が降りかかるだけならまだしも、あなた一人の命令違反でプレジア軍そのものが危険に晒される可能性がある。あなたはそんな選択を取れないでしょうね」
「ああ。プレジア軍の一人となって行く以上、命令は守る。余計な心配を――」
「でも一人になってしまうことはあり得る」
「……なってしまう?」
「ええ。敵の攻撃で見方が散り散りになれば、あなたが一人になってしまうことはあり得る。だから約束して。そうなったときも、一人で無暗に突っ込んでいったりしないって。ちゃんと撤退してくるって。死んだら目的も何もないんだからね。敵の位置も数も判らない以上、無駄死にだけはしちゃだめ。いい? なるべく、」
「解ってるよ。ちゃんと戻ってくる。だから余計な心配をせずにここで待っていてくれ」
「私がそばにいる時は、なるべく守ってあげるから」
「……私が? おい、まさかあんたも」
「ええ、私も戦場に志願した。一人でも多くの学生を守るために」
「……そして、守るという宣言が俺に対する一番の足枷になると思ってるからか」
「……ええ。そうよ」
「……大きなお世話だお節介め。厄介なことこの上ない」
「承知の上よ」
「何故そこまでする?」
「だって私は――――あなたに復讐なんてして欲しくないもの」




