「掌の上」
「ふざけないでよ。人を散々弄んでおいて、まだわたしを馬鹿にし足りないの?」
殺気さえ籠った目が俺の目を射抜く。
「いや。単に確認しただけだ。悪かった」
「自分たちが信頼されてる、なんて勘違いしないことね。わたしはお前達を利用してるに過ぎない。お前達がわたしにそうしたようにね」
「……そうか」
「あんたをここに残したのは、あんたの知ってることを洗いざらい吐いてもらう為よ。いつからわたし達を狙い、なんでわたし達を疑い、いつから狙う計画を立てていたのか。アヤメの意図にどこまで気付いてたのか……アヤメが何を考えてたのか」
影の差した表情で俺を見るココウェル。
少々躊躇いもあるが――いいだろう。こいつには聞く権利がある。
「解ってることは少ないんだ、実際の所。でも……全部話すよ」
◆ ◆
「……アヤメには分かってたんでしょうね。そんな任務の中、わたしをここに連れてきたらどうなるか。最初から最後までわたしを陰で笑ってたわけだ。きっとお城の中でもずっと」
「アヤメとの付き合いは長いのか?」
「それなりにね。正直言って信頼してた……けど、それも全部演技だったんでしょうね。自分を信頼しているわたしを見て慰み者にする為の」
「お前がそう思うんならそうだろう」
「ハッ。興味ないって感じね」
「別に。城でのあいつやお前を深く知らない俺に、とやかく言う資格はないと思うだけだ」
「……そうね。お前にとってわたしは、国との溝が決定的にならないために、生かさざるを得なかったってだけだものね」
「……そうだな」
「死なれたら困る、だから生かされた。利用価値がある、だから今も生かされている。振り回されるばかりの上等な人生だわ、全く」
「……ココウェル、」
「変な同情はやめろよ。聞きたいことは全部聞いた。今回の協力の見返りもちゃんと果たしてやるから。『オウジョノナニカケテ』ね――はっ。自分で言ってても薄ら寒いわね、コレ」
自嘲気味な笑みを漏らし再び倒れ込み、前髪と毛布の間に顔を埋めるココウェル。
「……寒いかどうかは、よく分からんが。様にはなっていたと思うぞ。あれがお前の本来の姿なのか、と」
「はは、馬ッ鹿じゃねえの? あれが素なワケないじゃん。あんな典型的なオウジョサマやったのなんてこれが最初よ。だから疲れてんだこっちは」
「それにしては堂に入ってたぞ。練習でもしてたみたいに」
「うっさいな。いいからもう出てけ。後はお互い役目を果たすだけでしょ」
「……そうだな。もう戻る」
無言の返事を背に、俺は詰所を後にした。
「やっと出てきた。遅せーぞアマセ」
「ど、どうなったんだ? ウマいこといったんだよな、学長の動き見てると」
「どうだった?」
入口の前で待っていたマリスタ達に声をかけられ、「ああ、大丈夫だ」と返す。
どこか生返事なのが自分にも解って嫌になる。
〝振り回されるばかりの上等な人生だわ〟
でも、気になって仕方がない。
ココウェル・ミファ・リシディアという少女は、これまでどんな人生を送ってきたのだろう、と。
◆ ◆
「待ってください学長ッッ! 考え直してくださいッ!!」
背に届くシャノリアの声を無視し、学長室へと入るオーウェン。
彼はどこか満足げに息を吐き、その総髪をゆっくりとかき上げた。
「学長。私もディノバーツ先生の仰る通りだと思います」
同じく部屋に入るのはサイファス・エルジオ。
召喚魔法担当の教師であり――マリスタ・アルテアスの許嫁でもある男。
「解っておいでなのですか? 学生に許可するということは――」
「自らの欲望を『王命』と抱き合わせるとは。全く厄介なガキだ、あれは」
「聞いておられますか義父さん! あなたは、マリスタにも戦場へ行く権利を与えることになるんですよ!?」
「それはどうとでもなる。せっかくの機会なのだ」
「……機会ですって?」
「行かせてやろうではないか。そんなに自ら死地へと赴きたいと言うのであれば」
オーウェンが振り返る。
怪しき光を、その目に湛えて。
「一つ仕事を任せよう、サイファス。マリスタの許嫁である君に」




