944/1260

「交換条件」

　扉が荒々しく鳴った。

　扉の先に見えるのは、いつかの派手なドレスに質素なローブを纏《まと》った少女の姿。

「…………ふざけてんじゃないのよね？」

「……そうか。やはりお前にも情報は行ってないのか」

「ふざけてんじゃねェのかって訊《き》いてんだッッ！！！！」

　耳障りなほど大きく騒がしい金属音。恐らく扉を蹴《け》ったのだろう。

　小さく痛そうな呻《うめ》きが聞こえた。

〝けいにーちゃん〟

「…………ああ。悪ふざけでこんな話をお前にするものか…………信じてもらえるかは、解《わか》らないが」

「言い訳なんて聞かねーぞ！？」

「ああ。私情を喚いてる暇なんぞ無い。だから単刀直入に言う。バジラノが国境に攻めてきた。と同時に、王都でもクーデターが勃発《ぼっぱつ》した」

「クーデター……！？」

「ああ。だから――――俺と交渉しろ、ココウェル」

「……交渉？」

「ああ。アルクスから王都へ応援の人員を出すよう仕組んでやる。その代わり、増援に俺を同伴するよう条件を付けろ」

◆　　　　◆

「……馬鹿言わないでよ」

　ゴン、と力無く扉を叩くココウェル。

　俺が知りうる情報、そしてそこから導き出される推論は余さず、手短に伝えた。

「突然降って湧《わ》いたような雑魚共に王都が陥落寸前？　王都にだって多少は兵力が残されてたはずでしょ？」

「現に血みどろの兵士がプレジアへ駈け込んできた。アルクスが詳しい話を聞いている所だ。詳しいことはそいつらに訊《き》け。お前はリシディアの王女で、この事件はリシディアの瀬戸際だ。学長だろうと命じられれば従わざるを得んだろうからな」

「…………で、あんたはなんでそんな王都に行きたいのよ」

「家族が王都にいるんだ。居ても立っても――」

「復讐(・・)」

「っ、」

　突如、唯一扉の上に付いた格子窓《こうしまど》から両目を覗《のぞ》かせ。

　ココウェルが、どこか真摯《しんし》な瞳で俺を睨《にら》み付ける。

「その為《ため》じゃないでしょうね？」

「……何の話か」

「馬鹿にしてんのかおいコラ、カス。――わたしはアヤメが言ったこと、全部が全部嘘だとは思ってないからね。あんだけ後半マジギレで話しといてなんで何事も無かった風にできんのよ」

「……違う。アレとコレとは関係ない」

「…………」

「無駄なことを話してる暇は無いと言ったはずだが？」

「……解《わか》ったわ。この情報を知れただけ、わたしには僥倖《ぎょうこう》ってことみたいだからね……あのクソ学長、本来なら真っ先にわたしに伝えるべき情報を……！」

「ああ。この情報がお前に伝わってなかったのを知って確信した。オーウェン・アルテアスがこの状況を有利に立ち回ろうとしていることが」

「ハン……誰にも好き勝手させるもんですか。バジラノにもアッカスにも、プレジアにも……！……それで？　わたしはどうすればいいの？　あんたを従軍させるようにするったって、それなりの理由が無きゃ――」

「どうとでもなるだろう。耳を貸せ」