「キーウーマン」
「…………抑えてよかった。ホント、何回飛び出して胸倉ひっつかんでやろうかと思ったわよ」
引き戸の裏に背を預けていたマリスタ・アルテアスは、自分を見下ろす鋭い視線に真正面から相対する。
「……盗み聞きの説教はまた後だ。今はお前にかまっている暇はない」
「盗み聞きしに来たわけじゃない。父さんが何を考えてるかちゃんと知りたかったから、私はここに残っただけ」
「私は?――――!」
――とっさに視線を上げるオーウェン。
彼の目が捉えるのは、開け放たれたアルクスの詰所の扉と、その横で彼に一礼するロハザー、ビージの二人。
口を衝く言葉を出す時間さえ惜しみ、二人の風紀委員を跳ねのけて詰所へ押し入るオーウェン。
そこには、
「……貴様……!」
王女が囚われている扉の前に立つ、ケイ・アマセの姿があった。
◆ ◆
「アルクスに直談判しても無駄だ。別の所へ向かう」
「む――無駄かどうかは判らねーだろうがッ」
「気持ちじゃない、命令系統の話だビージ。アルクスには応援を出す出さないの権限は無いだろう?」
「……!」
「! そっか、じゃあケイはこれから……学長の所に?」
「――そうか。行き先が分かったぜアマセ。確かにそれしかねえかもしれねえ」
「ああ」
「え、あれ、ちょ。ちょっと二人だけで納得してないで説明してよ」
「が、学長の所じゃねえ……のか?」
「さっきも話したろ。オース学長ならともかく、今のあのカタブ……アルテアス学長が俺達『義勇兵見習い』のクソガキをすんなり戦場に行かせてくれるワケはねえ」
「それは解ってんだよっ。俺がわかんねーのはその先だ、学長に頼んでダメなら一体――」
「さっきのニュースの情報を鵜呑みにには出来ないが。恐らく確実なことが二つある」
「ふ。二つって?? どういうことケイ」
「『国軍の大半は国境に行っている』こと。そして『王都は陥落寸前の状況にある可能性が高い』ってことだ」
『!!?』
「ど……どうしてそうなるのよ、ニュースでは戦況のことなんて一言も――」
「王国はアルクスを『違法兵力』としてずっと問題視、敵視していた。王国側からすれば、俺達は犯罪者も同然」
「は――」
「そんな相手に、それも血だらけの兵士が増援を求めに来たこと。それは王国が犯罪者の手をも借りなければいけないほど切迫した状況に置かれていることを意味している。そして――――そうなれば、プレジアがアルクスを派遣しない可能性が出てくる」
『はぁ!!?』
「ど――何がどうなってそうなんだよ、こういう時こそアルクスの出番じゃ――」
「黒騎士と襲撃者の事件の時もそうだった。アルクス、そしてそれを統括するオーウェン・アルテアス学長代理は、何かにつけて国に自分たちを認めさせようとしていた。そこで行けばこの騒ぎは絶好の機会でもある。だが……そこで例の助けを求めに来た兵士。が問題になってくる」
「……そいつが『国からの命令で来たか』、『いち小隊や個人の意思で救援を求めに来たか』……ってことだな」
「チッ……やっと解ったぜ」
「え? え? どういうことロハザー、バディルオン君っ」
「そうだ。王都の混乱状況を考えれば、連絡系統が分断されている可能性は十分ある。その兵士が万が一、王命を受けず独断で救援を求めに来たのであれば――――いくら『アルクスを認めろ』と学長代理が迫ったところで無駄。交渉にすらならない。その兵士の動きに」
「王国は関わってないことになるから!!!!」
「だっ?! こ――声がデケーんだよマリスタオメーはっ」
「ヒョッごめんっ」
「アドリーが聞いた話じゃ、プレジアとリシディアの仲の悪さは二十年来続いてるものだそうじゃないか。交渉が出来なければプレジアが派兵を渋る可能性は高いと考えるのが無難だ」
「で、でも……それが今向かってる先とどう関係があるの? 職員室行くの?」
「……逆に言えば、王が『アルクスを認める』と誓うなら、派遣が決まる可能性は最も高くなる、ってことだ」
「でも王様に連絡取れな――――――――あっ!!!! ココウェルか!!!!」
「だからてめうるせェっつって」
「そうだ。ココウェルが――――話に乗ってくれれば、俺達でも戦場に行ける可能性が多少は出てくる」




