「瀬戸際を目の前に」
ロハザーが乗り気な声色で気合を吐く。
マリスタが笑い、医務室入り口付近で込み合う面々を押しのけ進もうとして――
「え……」
――みるみる、その勇壮な笑顔を引っ込めた。
叫んだり笑ったり困惑してみたり、忙しい奴だな。
「なんだ、どうした。行くんだろう、アルクスの所に」
「や……行く、けど。あの、」
「お、おい待てよ。アマセお前、まさか……」
「……ああ」
なんだ。
俺に驚いているだけか。
「そうだ、俺も一緒に行く。俺を王都へ連れて行ってもらえるよう、上に頼み込む」
◆ ◆
「国が滅ぶかの瀬戸際ですよっ! 何にもしないでここで待ってろって言うんスか!」
黒のローブの下から、しわの多い茶色のジャケットを見え隠れさせながら、ファレンガス・ケネディが怒鳴る。
「ここで怒ってどうなるんですかケネディ先生、まずは落ち着いて――」
「そういう段じゃねーでしょ今はッ! 今この時にも、国のトップの首が落とされようとしてるかもしれないんですよ! 今動かねーで何のための――」
「『子どもたちのための』、私達ですよ。ケネディ先生」
「!」
ファレンガスと、それを諫める教師の間に割り込む声――生物学教師、アドリー・マーズホーンに、ファレンガスは一度言葉を切った。
「はき違えてはいけない。あなたは今教師であって戦士じゃない。あなたがその腕を振るうべき場所はまさに、今ここなんです――こう言えば解っていただけますね?」
「……解ってる、分かってるがよ……!!」
「……ケネディ先生の仰りたいことも分かります。気持ちを共有できる者は、この中にも案外多いと思いますよ」
分厚いタートルネックの上にある顔を動かし、アドリーが職員室を見渡す。
幾人かが、張り裂けんばかりの気持ちを湛えた表情を彼に返した。
「無限の内乱」――国が傾きかけた事件を、彼らは多かれ少なかれ、体験しているのだ。
「ですが、誰も彼もが常に、戦局を変えることのできる現場に――物理的にも環境的にも、居合わせることが出来るわけではありません。瀬戸際で、実際の戦況を変えることができたのは、いつも一握りの人間だけですから」
「御託並べなくたって大丈夫だよ、アドリー先生。自分を落ち着かせる術くらいは心得てる。悪かった」
どかり、とキャスター付きの椅子に座り込むファレンガス。
シャノリア・ディノバーツは不安そうに、隣の席に座るトルト・ザードチップに声をかけた。
「……学長、遅いですね。ザードチップ先生」
「……………………」
「……先生?」
「…………ぐご……」
「・・・・・・先生ッ!」
「っ?ん! あ、何です? 朝礼?」
「朝じゃないでしょ今は!……ではなくて、なんでそんなに緊張感ないんですか! 国が滅ぶかどうかって話になってるのに」
「あー……いや悪いんですがね。私ゃ、そんなに国には愛着無いんですわ」
「な……なんてことを言うんですか、あなたは教――」




