「あらそいのはてに」
「……まあいい。後はお前達でどうにでもしてくれ」
「…………ん? どういう意味?」
「そのままの意味だ。お前達と違って、こっちは一介の学生風情に過ぎん。後はこの世界の勝手知ったるお前達の方が上手くやれるだろう」
「……話させて欲しそうに聞こえるけど。王女様と」
「耳掃除はこまめにやることだ、大貴族」
「ふーん、そっか残念。合わせてあげようと思ったんだけどなぁ~。・・・………………」
「こっちの様子を窺うな。いくら待ってもご期待の反応は返ってこんぞ」
「で、でもケイ。ちょっとは気になるでしょ?」
マリスタが目の笑わない小さな笑みを浮かべて聞いてくる。
その目が湛えるのは、
〝無言で背ェ向けて去るって、ナニソレ? カッコいいつもり?〟
いつか、小さな男の子の為に俺の胸倉を掴み上げた時と同じ光。
「……本気で言ってるのか。マリスタ・アルテアス」
「え?」
「糞が付くほどお人好しだな、お前は。死にかけたお前を見て笑っていた畜生に俺が、否さ――まともな人間が情けをかけると本気で思ってるのか?」
「! あ、いや。それは――」
「ハッ、一番マトモでない狂った鬼畜が何を知った風に偉そうな戯言をベラベラと――」
「太鼓持ちが口をはさむな鬱陶しい。お前には話してない」
「お、おいおいおいアマセ。コーミレイやめろ」
「私がお前に話してんですよ目の掃除はこまめにやることですね害悪さんっ☆手前の心の機微に他人巻き込んで徒に傷付けるなっつってるのが解んねーんですかって何遍言わせんですか編入してきた当初から。何一つ進歩しないんですね貴方ホントに気持ち悪い」
「ナタリー……!!!」
「口を出すなパールゥ。……お嬢様のこととなると必死だな、鼻血でも出そうだぞ? 他人の会話に一から十まで茶々入れやがって、一生やってろ金魚の糞。目障りだから失せろ。まさか病人にここを出て行けとは言わんだろうな?」
「…………生きて医務室を出られるか心配した方がいいですよ、外道さん☆ マリスタ行きましょう」
「い、いやちょちょちょ。勝手に盛り上がったテンションに勝手に私を巻き込まないでよナタリー」
「う、!?………………ご。ごめんなさい」
図星を突かれ、どもったナタリーが素直に頭を下げる。
いい気味だ、誰か写真を撮れ。高く売れるぞ。
「ケイも落ち着いて。なんでそんなに怒ってるのか私解んないよ」
「解る必要はない。俺もお前を理解しない。あの暗君に同情するなら好きにしろ、お前のお人好しには付き合ってられない」
「もー、そうやってすぐシャットアウトするんだから……けどまぁ、今はいいわ。また後で話す。今はみんないるし、これ以上ゴタゴタしたくないから――ヴィエルナちゃんりんごちょーだい、あーん」
「あ。あーん」
「………………」
……目に映る限り、呆気に取られていたのは俺だけじゃなかったと思う。
マリスタは何ら気持ちを乱した様子もなく、ヴィエルナのリンゴを頬張り続けている。
思う所を、一旦秘める。
マリスタ……こいつ、そんなことが出来る奴だったか。
(……成長って奴だわね)
(アルクスとかお父さんとか、衝突しまくってたもんね。一皮ムケたってやつよ。なんだかちょっと寂しい気持ち。お母さんとしては)
(システィーナマリスタの母ちゃんだったのかー?)
(あんたは大人しくリンゴ食ってなパフィラ)
(むぎょむぎょ)
「でもほんと、あれだけウルサかったのがこんだけ静かだと生きてるのか心配になるわ。私、たまにアルクスの詰所とか通るんだけど。そこにいるんだよね、イグニトリオ君」
「そうだよ。すっかり憔悴しちゃってる感じ。食も細いんだよなぁー、毎回食べ残してるしさ」
「……あのさ。尋問とかで疲れさせてるとかじゃないよね」
「とんでもない、この国のお姫君サマだよ? 新入生より手厚くもてなしてるさ……あれはたぶん、今の環境のせいというよりも、」
「いうよりも?」
「ショックを引きずってる……って感じだけどね、見てると。唯一そばに置いてた護衛の騎士に、裏切られたってショックをさ」
◆ ◆
「……やはり、食は進みませんか。殿下」




