「狂宴、思いは雨音に消え」
大変、お待たせいたしました。
約2ヶ月のお休みを経て。
『こんなにも行きたかった異世界』第3部、開幕でございます。
「乾杯だ!!」
杯が酌み交わされる。
壁で煌々と光る強い薄明かりの中、人々の影が部屋の壁を乱れる。
一息に飲み干されていく黄金の酒。泡の付いたグラスが机に叩きつけられる音、野太い歓喜の声が相次いで飛び出し、小さな部屋をはち切れんばかりに響き渡る。
笑い声。無意味な勝どき。調子はずれな歌声。
しかしそれはこの場で、酒以上に男達を酔わせる至上の肴となっていた。
「ずふふふふふははは……オラお前達、もっと飲め飲め飲め飲めッッ!!! オラもっと飲めェッ!!」
中心にいるのは、勝気な黒ひげを鼻の下にたくわえた、背の低いスーツ姿の男。
屈強な男達が酒をあおる様を散々に囃し立てた小男は一息に酒樽の上に飛び乗り、頭に乗せた小粋な黒のシルクハットを持ち上げ、男たちに笑ってみせた。
「……長かった。思えば長かった。お前達との付き合いも、ん? もう数年になる奴もいるな、ん??? しかし、それだけの期間をかけた甲斐はあった……お前達は今や、俺ッッ様の国獲りに欠かせない同胞となった」
黒いスーツの小男の言葉に、明るい火に照らされた男たちは一様にニヤリと笑う。
茶色く変色した歯が、石壁に照り返った灯りに鈍く光る。
「――答えろッ!! この国は二十年前より蘇ったか!!?」
「違げェ!!」「生き返ってるモンかよ!!」「むしろ後退し続けてやがる!」「死んだ国だ!」
「答えろッッ!!! この国は今後栄える余地があるか!!?」
「無ェ!!」「この国は闇を抱え過ぎたァ!」「滅びを待つだけの国ィ!!」
「答えろッッッ!!!! 滅びかけた国の滅びかけた王族を祭り上げる馬鹿な国に、未来があると思うか!!!?」
「あるわけねーだろ!!」「国民のことを見もしねェ王族なんぞ不要ッ!」「テメェらと一緒に滅ぶなんざ死んでもゴメンだ!!」
「ぬぅぅゥァアあらばァァァッッッッ!!!!!――――――この国を新たに作り直すのは誰だ? この国に・この国に住まうお前達を国民を、光へと導いていくのは誰だァァァァッッ!!!」
『ノジオス・フェイルゼイィィィィィィン!!!!!!!!!!!』
「そォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーゥだァァァアア、俺ッッッ様だぁぁぁぁぁァァァぁああーーーーーー!!!!!!!!!!」
――――狂宴。
血気盛んな者達だけで埋め尽くされた広い石造りの空間に、破裂せんばかりの熱気と歓声が乱反射する。
次々聞こえる金属の音は、彼らがめいめいに持つ自らの得物を振りかざす音。
士気を高める戦士たちは、下卑た声で高らかに不敬を唱える。
「今までよくも好き勝手やってくれやがったな、リシディアァァ!!!」
「二十年前の内乱でお前達が何をやったか忘れてねェぞォッッ!!」
「下らねー身内争いに俺ら善良な市民を巻き込みやがってッ!!」
「老いぼれと箱入りしか残ってねー死にかけ王家がよッ!!」
「テメーらリシディアの時代なんぞとっくに終わってんだッッ!!」
「引きずり降ろしてやるぜリシディアァァァァアアアア!!!!!」
「くたばれケイゼン・ロド・リシディアァァァ!!!」
「死に晒せェッ、ココウェル・ミファ・リシディアアァァァァッッ!!!!」
「その意気だぞォォお前らァァ……その意気でその時を待て……!! 俺ッッ様達の天下はすぐそこまで来ているッッ!! 後はもはや掴むだけだァァァァ!!!」
オオオオオオオオオオオオ――――――――ゥウ!!!!!!!!!!!
「やれやれだ。あんなに盛り上がったら頭の血管イカれちまうんじゃねえかな? 親父の奴」
別室。
そこは過度な狂乱を好まぬ者達の集う場所。
丸テーブルの上にある、小さく朧な灯りに照らされながら――――浅黒い顔の、背の高い金髪の青年、マトヴェイ・フェイルゼインは笑った。
笑顔を向けた先には、全身を薄く黒いフード付きのローブで覆う女。
奇怪な模様を象り、いくつもの呪文が書き込まれた白い面をつけたその人物は、体つきから明らかに女性だと窺える。
「……おいおい。フェイルゼインの嫡男が、有難くも新入りの用心棒風情に話しかけてやってんだぜ。ちゃんと素顔で、媚び売っといた方がいいんじゃないのか?」
声に応えない面の女に、マトヴェイは粘つく笑みを浮かべながら近付き、顎を持ち上げる要領で面を外そうとし――
「――――何だよ。邪魔だぞお前」
――その手を、もう一人の黒衣に掴まれた。
その者は、黒の女よりだいぶ背が高い。
女より遥かにくたびれた黒衣を身にまとい、同じく無表情の白い仮面をつけた男は無言のまま、ただマトヴェイの金の指輪が付いた右手を掴み、握るでもなく振り払うでもなくたたずんでいる。
「ははは。その程度で済んで良かったのう、若造」
それを笑ったのは、マトヴェイの背後で壁を背にした老剣士であった。
「詮索は無用。そういうことであろうよ」
「……は? 何? 老害の分際で俺に意見できると思ってんのかジジイ。どうも立場が分かってないようだな。俺は――」
「俺は? 何かな。私の目には、学生程度の実力しか持たぬ悪ガキ風情にしか見えんがね」
「貴様――」
部屋の各所から、うっかり漏らした笑いがマトヴェイの耳に障る。
その腹立たしさに、方々へと罵言を飛ばしそうになりながら――ようやく気付く。
ともすると自分は今、四方を「敵」に囲まれているのかもしれないという事実に。
「――ッ、」
「ほお、さすがに命の危機に瀕すれば気付いたか。はは、はははははははは」
「……覚えていろよ。貴様等ッ……!!」
「こちらの台詞よな。よーく覚えることだ、わっぱ。金で繋がった同胞という言葉の意味をな」
嘲笑い声に押されるようにして、青年は両扉の玄関へと出る。
外は雨。石造りの屋根の下とはいえ、降りしきる雨粒は霧となり、マトヴェイの肌を不快に湿らせる。
そんな、豪雨の中に。
「――――何やってんだ。あいつ」
男は、背を向けて静かに佇んでいた。
雨を落とす暗雲を見上げる巨躯の男。
その手足は丸太のように太く長く――背格好から、男が分厚い筋肉の鎧に覆われているのが一目で判る。
刈り上げられた襟元には渦巻くような筋肉を持つたくましい首が連結し、男の勇猛さをこれでもかと盛り立てる。
薄汚い簡素なズボンと、体に巻いた包帯だけの出で立ちで、男はただ雨に打たれ続ける。
その思惑も表情も、玄関先のマトヴェイからは読み取ることができない。
(……相変わらず、気味の悪い男だ。名は確か――)
◆ ◆
バンター。
(…………長かった)
バンター!
(だが、もうここにある。俺の願いは遂に叶おうとしている)
バンター!
(終わらせる。すべてを。だからもう少しだけ――もう少しだけ、待っていてくれ。皆)
「バンター」
「バンター?」
「おいバンター! 何ボケーっとしてんだアンタ!」
「風邪ひいちゃうわよ!」
「体のよわいあねさまこそカゼひいちゃうとおもうけど」
「そりゃ同感だな。だからアタシらに任せとけってカシュネ」
「ミエル、トゥトゥうっさい!!――もー。ホント何考えてるか分かんないんだから」
雨の中、男の半分以下の背丈しかない少女たちが彼に声をかけ、見つめる。
男は全く意に介さず、ただ雨の中たたずむ。
バンター。
肉の削げ、こけた頬を持つ男は落ちくぼんだ昏い目を閉じ――――内でひりつく雑音を、静かに鎮魂した。
(必ず遂げてみせる。この生の意味を――――我が生涯全てを懸けた、復讐を)
今後は毎日、これまで通りのペースで更新してまいります。
どうぞよろしくお願いします。
並行して、もう1つの執筆中の物語『半魔』も同時連載してまいります。
人とゴブリンの間に生まれた、禁忌の子どもの物語。
よろしければこちらの方も、合わせてよろしくお願いします。m(公)m




