「キスまでの距離」
……少しだけ、嘘を吐いた。
口付け自体は初めてじゃない。
ただ、
〝――ごめんなさい、圭。ごめんなさい――――〟
……あれを初めてにカウントしたものか、答えが出ないだけだ。
いや。しかし、こう。
口付けの何たるかなど、俺は全く心得が無い。
口付けとは何なんだ。
口が付いたら始まりで、口が離れたら終わりなのか?
それ以外に何かあるんだろうか。
気持ちを全部と言われたが、どうそれを表現すればいい?
時間か? 時間が長ければいいのか。
長いこと口を付け続ければいいのか?
どこで学ぶんだそんなこと。
俺のいた世界の学校でも、そんな話題は上がってなかったし。
皆知らなかった? まさか。カップルになっている男女はそれなりに居た筈だ。
皆どこで学んだんだ。本か? 図書室にあったかそんなの。
というか、俺の口今大丈夫だろうか。
口の中は菌の宝庫だ。時間は短いが起き抜けともなれば相当な惨状が広がってないか?
どこで消毒してるんだ皆。
いや、だからこその口付け、口の接触だけなのか。
口腔内に入らなければ感染はないか?
というか、どんだけのこと考えて皆事に及んで……
………………「どんだけ」は俺か。
どんだけ待たせてんだ。
恐る恐る、パールゥを見る。
そう、何故かここでやっとパールゥを見た(今までどこを見てたんだ俺は)。
「………………」
……パールゥは、ただ待っていた。
夜色のベールが下りた中、静かに目を閉じ、顎を少し上げ。
体をこちらに向けてベッドに座り、少し肩を竦めるようにして両手を片膝に置き。
肩で小さく、僅かにウェーブのかかった髪を揺らしていた。
いや――
「………………」
――――知らず、その両手に触れていた。
パールゥがビクリと体を震わせる。
肩はいよいよ竦められ、震えは両手から更にハッキリ感じられる。
やはり緊張していたのだ。
無意識に、パールゥの胸に目を落とす。
きっと心臓は、先の比でないくらいに早鐘を打っているのだろう。
しかし、左手に感じるその震えは何故か、
〝けいにーちゃん〟
――何故か、全く違うものを俺に想起させて。
「…………。ありがとう、パールゥ」
包み込むように、僅かな力でその手を握る。
「パールゥのお陰でプレジアは、俺は今生きられている。いくら感謝してもし足りない。本当にそう思ってる」
右手を肩へと伸ばす、
「……そんな英雄に、途方も無く身勝手な借りに、返せるものなんて持ち合わせてないけど」
――伸ばしかけて、咄嗟に内へと捻る。
先駆けて指先が頬に触れ、パールゥがザワリと反応した。
「お前が…………望むというなら、」
より強く握られた両手をより強く握り。
右手をより奥へ遣り彼女の顔を、体をこちらへ引き寄せて。
スゥ、と。
小さな一呼吸に、合わせて――――俺はパールゥへ口付けた。




