「手心、二人の身柄」
「僕はずっとそう思ってた。この争いが本当にリシディアとプレジアの水面下での戦いであったなら、双方とも無傷で終われる、なんてことはない。必ず誰かが死ぬ、現実はそう甘くはないんだって……いかにも社会の厳しさを知った風にね。馬鹿なのは僕の方だった」
静かになる。
ギリートから飛び出したとは思えない卑下の言葉に、その場の全員が注目していた。
「劇の、『英戦の魔女と大英雄』の中でもあったんだよね、『絶望の中でも、希望を求め続けることは忘れるな』、的なセリフがさ。見事に教えられたよね、君に。アマセ君」
「勝手に浸ってろ。俺は何も意図してない。誰も死ななかったのは結果論で――」
「ふーん、じゃなんで生き残ったんだろうね。襲撃者のリーダー、アヤメは」
「だから……」
「心臓。ほぼ無傷だったらしいよ」
『は?』
「……何?」
信じられない、といった声は風紀委員の男共のものだ。
ギリートの言葉に驚いていないのは、静かにリンゴを片付けているリアだけである。
「十……何本かだったかな、君はあれだけアヤメに剣を突き刺して、その上体内から剣身を爆裂させたんだよね。体から突き出るほどに。普通心臓もグチャグチャだよ? それがほぼ無傷って言うならさあ、」
「ギ――」
「君が意図的に攻撃外したとしか考えられないんだけど?」
「な――アマセが意図して、」
「襲撃者の頭ァ生かしたってのか!? 何考えてんだオメー!」
ベッドから激昂したビージの声。
さっきまでとは異なる感情を乗せた視線が俺へと集まる。
〝何がお前をそこまで突き動かしてるんだ〟
「……またその厨二病みたいなやつ? 自分のことぐらい自分でコントロールできて欲しいもんだけどなー」
「い、イグニトリオ。何の話なんだ、それ」
「ん?……んー話してもいいけど。アマセ君ってさ――」
「無論この先の為でしょうよ。この男がそれを考えられない筈が無い」
「――わお。まさかの助け舟? コーミレイちゃん」
「ちゃん呼びするな気色悪い。貴方だって解っているんでしょう」
テインツに向け口を開きかけたギリートがゆっくりとその口に片手を添え、塞ぐようにしながら意地悪く笑う。
ナタリーはその揶揄を見もせずに罵倒し、ベッドの俺を見下ろした。
「死闘の最中、無意識下で戦いの後のことまで考えていらっしゃったとは。まったく頭が下がりますよ。甚だ癪ですが……貴方をあそこに送ったのに間違いは無かった」
「戦いの後……」
「そうだな。お前のお陰で、考え得る限り最善の形で交渉は進められそうだ。ケイ・アマセ」
全員の目が医務室の入り口に向く。
クリーム色の質素なドアに体を捻じ込むようにして入ってきたのはガイツ・バルトビアだった。
「交渉」……まさか、もう始まっているのか。
じゃあ、あいつは――
「安心しなよ、アマセ君。王女の身柄は僕らで確保してるから」
「!……僕ら?」




