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「起きた俺とオきかけた俺」

 そこには、いつか見た芍薬しゃくやくの景色が広がっていた。

 俺を囲うように、俺の視線より高い場所で揺れる桃色の群落ぐんらく

 自分が花の中で寝ていることに気付くのに、そう時間はかからなかった。



「おはよう」



 誰のものより、この耳に聞き馴染なじむ幼い声。

 振り返るより先に、俺はこの声の主を理解した。



「今回は早く起きたね。兄さん」



 風に元気に揺れる黒のツインテール。

 母さんに似た目をやわらかく細めた微笑ほほえみ。

 黒のロングワンピースが、風にあおられて景気よくはためく。



 手を後ろに組んだ天瀬愛依あませめいが、そこにいた。



 そういつまでも寝てられないって。今回は『呪い』も受けてないし。



「……必死に戦って守り抜いた姿、カッコよかったよ」



 守った。

 「守った」?



 守ったわけじゃないよ。

 守りたかった訳でもない。



「そんなことないと思うよ?」



 あるよ。

 だって俺が守りたいものは――守りたかったものは、もうこの世界には無いんだから。



「あっ――」



 歩み寄り、妹を抱き締める。

 なめらかな髪を、生きている温かさを、この手にはっきり感じ取ることができる。



 俺が守りたかったもの。

 俺が失ってしまったもの。

 それを何故、こんなにも、はっきりと感じるのだろう――――



「に、兄さんっ……苦しい」



 ……この温かさを、俺はもう守ることができない。

 俺が守りたいと願った何もかもは、既にこの手から全部、全部零こぼれ落ちていった。



 解ってる。これが夢であること。



「!?」



 でも夢なら。

 この一時だけでも、天瀬愛依が確かに存在するのなら――――



「……ごめんな、」

「!……?」

「ごめん。守れなくて本当にごめん――だから見ててくれ。俺は必ず、」

「兄さん――」

「お前を殺した奴を、必ず全員八きにしてみせるから」




◆    ◆




 ――――――――――下半身に感じるその破壊的弾力は、意識の覚醒かくせいと共に波打つようにやってきた。

 ふよんふよん、ふよよよよんと。



「……目が覚めたのならはなしてもらえると助かるが。そんな貧相な胸板で抱きしめられてもちっともソソらん」

「…………お前を見習いたいよ。どうきたえたらそこまでふくらむ」

「天からの贈り物だよ」

「……天に見放されるのだけは得意だ」



 突き飛ばすようにして、その女――――魔女まじょリセルを離す。

 しかし情けなくも、自分も反動でベッドに倒れ込む。

 左腕にもするどい痛みが走った。



 ――左腕?



「っ……!」

「大丈夫だ。その程度でまた千切ちぎれたりはせん」

「……今何時(いつ)だ? 俺はどのくらい寝てた?」

「それが人を好き勝手抱きしめて突き飛ばしてした直後に出る台詞セリフか? お前ホント将来()されても知らんからな」

「答えろ魔女!」

「あーはいはい。安心しろ、ナイセストの時のように一週間以上も経ってないよ。精々(せいぜい)翌日ってとこだ」

「……どうなったんだ、事態は。戦況は?――パールゥは!?」

「…………お見事さんだよ、プレジアの英雄えいゆう。お前は勝った。王女も少女もプレジアも、みんなまとめて守ってみせた」

「――――」


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