「死――――悔いも未練もこの身に抱き」
あんたは復讐を楽しんでいる。
いや? 違うな。
あんたは復讐そのものを楽しんでいるんじゃない。
「最大多数の最大絶望を世に顕現する」。
復讐の手段に過ぎない筈のそれを、流れる血を、悲痛の叫びを、のたうち回る人間を、結果訪れる死を――――あんたは楽しんでいる。
偶に見聞きした。俺の居た世界でも。
流れる血、悲痛の叫び、のたうち回る人間の死を見て喜ぶ者。
それを俺の世界では、
快楽殺人者、と呼んだ。
……怒りで手が震える。
動けはせずとも、例えようも無い怒りが右腕の筋肉を震わせるのが解る。
そしてその怒りは、動かせない右手と――――意志に反し冷たくなっていく体への絶望に、変わっていく。
どう理屈をこねてみたところで。
俺がこの「ニセモノ」にツレ共々致命傷を与えられ、見事に敗北した事実に変わりはない。
そして当の「ニセモノ」は、倒れ伏す俺を冷や冷やと嘲笑っている。
こんな奴に――こんな奴にさえ、俺はどんなに力を昂らせてもマグレの一撃しか与えられなかった。
――――惨めだ。
惨め。
こんな――――こんな、惨めなことがあるか。
畜生、畜生、ちくしょう――――
「…………せ」
「?」
「殺せ………………いいからもう殺してくれ………………」
「………………ひっひひひひひひひひひははははははははははは………………誰が殺すか。お前のような屑を」
「……頼むから……」
「じゃあ死ね。自分で。死にたがりが人の手を煩わせるな、カスが」
「…………………………………………」
……………………戦士の、抜剣。
氷剣を、錬成する。
仰向けに倒れ、その剣を――――自分の心臓へ、振り翳す。
「…………水祭の乱波」
「っっ…………ごぼ、がぼァっ……げぼ、げ、ぼ……ゴホッ……!?」
「お目覚めですね、王女様。どうぞご照覧あれ。あなたのお気に入りが絶望の中で自害する様を」
「……ケ……イ…………?」
ココウェルの声。
リセルの声。
遠くから聞こえる気がする、たくさんの声。
身体に空いた穴から冷気が入り込み、この身を芯から冷やしていく。
もう後幾許も時を経ぬうちに、この身体は死んでいくのだろう。
或いは、あの時とっくにそうなる筈だったのか。
十年前。
あの時感じた死の気配は、冷たさでなく熱を帯びていた。
視界を埋め尽くすオレンジ。
鼻の中を焼き尽くす灼熱。
目の前で灰となって消えていった妹。
――パールゥが、こっちを見ていた。
「ケイ……くん……」
桃色の髪が力無く地に落ちている。
口から二筋の血を流し、ずれた眼鏡をゆっくりと地面に落としながら、それでも彼女は弱々しく――俺に向かって手を伸ばす。
だが落ちる。
その手は俺に届かず、肘から自身の血だまりに落ちていく。
アヤメに心臓を貫かれている。
その目は既に、俺を見ているかも定かではない。
そんな目で、こいつは。
「……私、は。このまま死んでも、嬉しいよ?」
〝――――あなたの役に、立てたんだから〟
「さあ死ね。その無意味で無価値な人生をさっさと閉じろ、ニセモノ!!!」
「――――――――、」
〝まだ心臓は傷付けていません〟
――何人もが、こいつの凶刃に倒れた。
俺。パールゥ。ココウェル。ロハザー。そしてマリスタ。
俺にとってこの戦いは、アヤメにマリスタが心臓を貫かれた所から始まった。
それが、今度は俺が――心臓を貫こうとしている。
――いつかの死地が脳裏に浮かぶ。
また負けたか、俺は。あの時と同じように。
魔力・体力を減らし、更に今回は片手を手負った者にさえ、俺は勝てなかった。
前回のように、辛うじて相討ち……にも持ち込むことができなかった。
いつもだ。
テインツとの初戦、ヴィエルナ、ロハザーとの戦い、ナイセストとの死闘――――俺は肝心要の戦いで、いつも後一歩勝ち切れない。
負け癖か。
単なる勝負弱さか。
――これが走馬灯、というやつか。
随分ハッキリ、回顧させてくれるもんだ。
――――――終わりにしよう。
氷剣を握る手に、力を込め。
まっすぐに、振り下ろす。
暗転。
刃はドスリと音を立て、肉を破いて突き立った。




