「微笑――――対面す復讐者」
「――――火事場の馬鹿力ってやつか?」
「! ――――、」
声へと目を向ける。
そこには――透き通るような白い肌をした頬から一筋の血を流して笑うアヤメの姿。
「速かったじゃないか、今までで一番。感情が魔力を増幅させることはままあるが、そんな刹那的な感情でアインスリュカルを折るとは思わなかった」
「折った……」
――凍の舞踏で止血した腕から感じる冷たさが、俺に冷静さを取り戻させる。
そうだ、俺は今しがたとんでもない呪いの痛みに襲われて、迫る剣に無我夢中で――――
「――――――――――――――、」
「ケ……ケイ君? どうしたの?」
「はははっ……! そうだろう。あれだけの速さだったんだ、お前の中で膨れ上がった闘争心は相当なものだったはずだ。痛みの呪いは当然それに呼応しお前を蝕んだ。もしかしたら――――もう聞こえてないんじゃないか小娘。お前の声なんぞな!」
「ケイ君……? ケイ君ッ!!」
「…………」
パールゥを見る。
そういうことか? いや、ここまでそんな兆候は全く。だが実際に――
「ケイ君、ケイ君ッ!! 声が聞こえるなら返事してッ!!」
「……感じないんだ。呪いを」
「ッ、ケイく……え? 呪い?」
アヤメの笑い声が聞こえなくなって、この情報は秘めておくべきだったと僅かな後悔が頭を過る。
しかし、そんな後悔が重くのしかからない程――――身体はいつかのように軽やかだった。
左手の所有属性武器を握り締める。
アヤメに向かい合いようにして、魔動石の間全体を見渡す。
見える。
色んなものを――――意識するだけの感覚の余裕がある。
「――――消えた。痛みの呪いが、また」
相変わらず、何が作用してこうなっているのかは判然としない。
しかし、これで俺はようやく――――
ようやく?
「――――再装填」
「!」
アヤメが何かを呟き――――その右手に再び光が収束する。
「……なんだ。その顔は」
「……顔?」
「気に入らないなぁ、アァ? 今このひととき呪いを感じないだけのことがそんなに嬉しいか。この状況に笑えるのは私だけで十分なんだよ」
「…………、」
……笑っているのか。
俺は。
「いつ戻るとも知れない呪いが一時的に消え、お互い片腕が使えない。その上こちらは連戦で消耗してる。その程度のことで私と対等に戦えるつもりか? できそこない君」
「できそこない?」
「そうさ。お前はニセモノだ。お仲間との馴れ合いの空間を守るのに必死で、自身の心の在り処さえ見定められないまま、ただ目の前に悪が成されようとしているから止める。刹那的に、今が良ければそれでいいその他大勢の人間どもと何が違う?」
「言いたいことはそれだけか?」
「お前は私のように、本物の復讐者にはなれなかったできそこないだ。そんな者がああも熱を込めて復讐を糧とする己を語っていたかと思うと面白いよ。面白くて面白くて…………今にも吐いてしまいそうだ。虫唾が走る」
「!」
殺気を感じた。
刺すような、否、既に喉元へ剣が刺さっているかのような感覚さえ覚える殺気。
それを俺は――――全霊の闘争心で以て受け止める。
「…………まだ笑うのか」
ああ。
なんて、嬉しい。
「――いいだろう。お前は殺す。他の何を差し置いても貴様だけは私が殺す。肉片の全てが血と同質になるまでズタズタにして、お前という半端な存在そのものを今この場で消し去ってやる」
「……言いたいことはそれだけだな」
「……?」
「戦ろう。アヤメ・アリスティナ」
俺が感じる嬉しさ。
これは――――ヴィエルナと初めて戦った時と、同じものだ。
呪いが消えたことじゃない。
誰かを守れる喜びじゃない。
より強い者と戦える喜び。
それだけが、今の俺を鼓舞し、歓喜させてくれている。
俺が成すべき、復讐の為に。
〝お前に返す言葉は一言だ。お前の異世界に俺を当て嵌めるな〟
奴の自分語りへの返答はとっくに済ませてある。
奴が何を息巻いて俺の心身をへし折ろうとしているかなどに、最早何の興味も無い。
奴と戦える体がある。
であれば俺は戦うだけだ。
俺自身の野望の為に。
そして、ついでに、
「小競り合いは終わりだ。最終局面と行こう、復讐者」
面倒なことになりそうなこの件を、俺自身の手で片付けよう。




