「苦渋――――パスを伝う一人の名前」
――王女に向け真っ直ぐに飛んだ氷弾が、アヤメの魔装剣に弾かれる。
凍気の残滓がゆっくりとココウェルの顔を覆い、消えていく。
ココウェルが、魔術の発動者を――――俺を見た。
笑え――
――魔王のように、邪悪に。
「惜しいな。もう少しだったのに」
「――ケ、ケイあんた、」
「いい加減、お前の権力を笠に着た言動にはうんざりだ。死ぬか黙るかしていろ。この場を支配してるのはお前じゃない」
「…………、は…?」
「くく、くははは」
「大人しくそこで見ていろ。俺がこいつを殺し、その後お前を殺しに来るのを息を顰めて待っていろ。お前に出来るのはもうそれだけだ。次何か俺達の戦いに割り込んでみろ。俺は命を捨ててでもお前を先に殺してやる」
「!!」
あらん限りの魔力を奮い立たせ、魔波としてココウェルにぶつける。
彼女はよろけ、背後の魔動石へと背をぶつけた。
どれだけ前後に脈絡がなくとも、世間知らずの箱入りには効果的だったようだ。
ココウェルがにんまりと嗤い、つぶやく。
「大根役者が」
「演じる気があるだけお前よりマシだ」
……これでココウェルは、しばらく動きを見せなくなるだろう。この状況ではこれが最善だ。
アヤメは自分が「王女の騎士」でなくなった瞬間、ココウェルを殺す。
それはつまり、俺話した真実をココウェルが受け入れた場合だけでなく――ココウェルが自らアヤメに疑心を抱き、離れていった場合も同様なのだ。
ココウェルを殺されるわけにはいかない。
ならばいっそ彼女には、「俺を敵視しアヤメに守ってもらう」という状況でいてもらった方が都合がいい。これで急場は凌げる。
凌げるが……策の実現からはまた一歩遠退いたことになる。
……やはり一人では無理だ。「もう一人」が、どうしても必要になる。
だが、そいつが「援軍」としてアヤメに認識されてしまえば――――奴に「進退窮まった」という口実を与えることになる。
そうなれば奴は当然、「王女の騎士」の肩書などあっさり捨ててしまうだろう。
ココウェルが殺される可能性が高まる。
「…………!」
――――「もう一人」を、ずっと考えていた。
十分に説明する時間が取れない状況下で、ココウェルのように理屈を要求せず、一も二も無く俺の策に従ってくれる人物。
現状動ける者の中で。
アヤメに「戦力」と認識され得ず。
自らの危険を顧みず行動してくれる者。
条件を満たすのは――――――たった一人。
携帯転移魔石で、こちらに来るべきなのは――――




