「狂気――――世界の破壊を望むモノ」
◆ ◆
治癒魔石の放つ緑の光が、ゆっくりと消えていく。
「……アヤメ……」
肩まで届く金髪を小さく震わせながら、ココウェルが一歩、二歩と後退る。
止まった発条人形のように動かなかったアヤメが――――突如首を動かしてココウェルを見ると、王女は跳ねた油のようにビクつき鋭い悲鳴を上げた。
その様子を見て――――そう、間違いなくその笑みはココウェル・ミファ・リシディアを見て表れたものだ――――アヤメはニマリと口を歪めて俯いた。
「――ご覧の通りです、陛下。その悪鬼の下に居ては、いつ貴女の命を狙うとも知れない。そうして傍を離――」
「そんな戯言を信じるのですか? 王女様」
『!?』
いつ聞いたかも忘れた、穏やかで静かな、どこか悲哀を帯びた声が耳に届く。
「たった二日三日、その内ほんのわずかな時間過ごしただけの男に唆され、リシディアを滅ぼすかもしれない決定をされるおつもりなのですか? 王女様」
「り――リシディアを滅ぼすって、な、!?」
「っ、聞くなココウェ「聞いてください、どうか私の声を、王女様。確かに私が貴女と過ごした時間も、そう長くはありません。ですが僭越ながらこのアヤメ・アリスティナ、その数年で築き上げた王女様との信頼……この男との数日に負けるものではないと自負しています」
「っ……!」
「ココウェル!「何故この者達が王女を捕らえようとしたか、理由は明白です。プレジアの私兵軍団アルクスが違法の存在で、常に王国からその意義を認められず、活動を制限されていたのは王女もご存じでしょう。彼らはその状態を脱する手段として、今まさにリシディアに対するクーデターを行っているのです」
「!!」
「そして何も知らぬあなたに、今その男が語ったようなありもしない話を吹き込み保護することで民衆からの支持と新しいリシディア王国としての正当性を得、傀儡の新王として擁立、後に現国王様の派閥を、新しいリシディアの王国軍となったアルクス軍団で皆殺しにするつもりなのです」
「――――チッ、」
――この女。よく即興で次から次へとそんな大法螺を――
「王女様、王女様。この私の言葉が信じられないのですか?」
「っ――――わ、わたし、は、」
「長年付き従った私と、数日数時間言葉を交わしただけの下郎と。どちらの言葉を信じる《・・・・・・・・・・》のですか?」
「っ……!!!」
ココウェルが俺を見ている。
しかし俺は目を合わせない。
否、
「……成程な。それがお前の『楽しみ』という訳か」
「!、?」
どこからか、ふつふつこみ上げた怒りで、アヤメから目を離せない。
混乱の眼差しで俺を刺すココウェル。
前髪で両目が隠れる体勢で止まるアヤメ。
「『同性との数年の信頼を、異性との数時間で裏切る女』。その上『国を滅ぼしてまでも、顔が良いだけの異性に靡いた売国奴』。長々と吹いた大法螺で、お前は王女に二つの良心の呵責を与え、その苦しむ様を楽しんでいる。違うか?」
「………………………………」
「ここに至るまでのお前の行動にも、そう仮定すれば全て筋が通る。襲撃が行われている期間内の王女の来訪、自分の本性を見え隠れさせる言動、マリスタにそれを確信させた学祭イベントでの動き、作戦中に無駄に逃げ回った事実、どれもこれもにだ――――お前が人の苦しみを至上の喜びとする気狂いだと仮定すれば」
「………………………………」
「作戦の成功間際で力を解放したのも、プレジアの者達を希望の絶頂から絶望の底に叩き落とす落差を快楽とした為。共に忠臣であり同志であった襲撃者の者達に王女の存在を教えなかったのも、全てを知った彼らを仰天と裏切りで失意の底に突き落とすことを快楽とした為。何も知らせず、事ここに至るまで王女を無知なまま踊らせ続けたのは――――その滑稽な姿を己の愉悦とした為。違うかアヤメッ!!!」
「なあ、」
「殺してしまうぞ。私から王女の騎士まで奪えば」
「――――――、」
――――深淵から覗くような、澱んだ瞳に。
俺は一瞬、ナイセスト・ティアルバーと同じ狂気を見た。




