「再臨――――魔王は魔女と契りを交わす」
ここに来たばかりだった時のことが脳裏に過る。
しかしあの時とは状況が違う。
俺が何も知らないことで――――俺の選択によって、俺の与り知らぬところで誰かが不利益を被ることだけは、御免だ。
「――ッ゛……!!」
――――視界の端が赤く染まる。
こんな時に限って、ここぞと俺を蝕む呪い。
頭を叩き割りたい衝動に駆られるが、辛うじてアヤメへの警戒心で思い留まる。
戦えない。
こんな体たらくでは戦えない――
〝あなたは黒騎士に勝てますか?〟
――――落ち着け。
焦れば焦るほど敵の、呪いの思う壺だ。
見知らぬ世界に自ら飛び込み、手探りで前へ。
これまでもそうだったではないか。
今回も飛び込むしかない。手探りで進み、倒すべき敵を倒す。
俺の知らないどこかで、迷惑にも誰かに不幸になってもらっては困るのだ。
〝けいにーちゃん〟
思考しろ。行動しろ。
あの炎の夜から、ずっと俺は一人で――――
――――その姿と言葉を導に、二人で歩んできたのだ。
魔王
「答えられないのか? ない答えを考えても無駄なことだぞ!」
「無駄じゃなかった」
「――何?」
〝さようなら。圭〟
〝――俺が、戦力外になってしまったんだ……〟
無様な泣き声が聞こえる。
不意に訪れた絶望に耐えられず、幼児のように扉を叩き泣きじゃくる子どもの姿が見える。
〝お前の言葉を、姿勢を胸に、また背中を追いかけてもいいだろうか〟
〝こうして横で、肩なら、貸してあげる。君が歩けなくなったなら、何度でも、何度でも〟
頭突かれた背がしくりと痛む。
抱き締められ、頭を撫でられた温もりが蘇る。
〝柱は待とう、騎士クローネ。この神の座で、お前を〟
〝いいだろう。精々のんびり踏ん反り返っていろ』、神ゼタン〟
歯が浮くような台詞で誓った戦いの意志を思い出す。
それを果たした時の高揚と、万雷の喝采が体を巡る。
〝リスクを負わなきゃ、俺はもう前に進めない。この先を進むために、これは必要な過程なんだ〟
〝まぁナンだ、大した役には立てねぇと思うが……まあなんかあったら頼れや〟
せめて言葉を尽くし、決意を口にしたときの心が舞い戻る。
頼もしかった言葉への安堵と安らぎが胸を衝く。
〝アマセは、僕たちの為に戦ってくれた〟
〝俺はコイツのおかげで変わったっ。俺だけじゃないっ、テインツも!……他の奴らも、みんなだ!〟
〝あんたらを信用することにした。今回に限り〟
俺のために頭を下げた者達の姿が思い起こされる。
そんな曖昧に賭け、薄氷を歩み始める。
そして薄氷は今抜け割れ――――俺を、プレジアを、リシディアを、みんなを水底に沈めてしまおうとしている。
それを全部、見ていた。
己の目で、俺の目で――――パーチェ・リコリスは、その何もかもを覗き込んでいやがったのだ。
「無駄じゃなかったんだ。無様な足掻きの何一つ」
「――詰められ過ぎて気でも触れたか。王女様、残念ですがアレはもう廃人寸前のようです」
「そ……そんなこと、」
「解るのです。いっそここで息の根を止めてやった方が、アレにとっては幸せであろうと愚考します――――命令をくださいませんか?」
「……え?」
「お命じ下さい。アレの命を終わらせろと。さすれば――――例え任務に支障が出ようと、私はアレを殺してみせましょう」
「――――そ。そ……そんなこと。わ、わたしは、」
「……そうですか。では残念ですが私は――――」
「お待たせしました」
『!』
騎士と王女が俺を見る。
その当惑は、ただただ甘美で。
「私も共に参りましょう、王都へ。しかしそれは――――」
後は笑え。
魔王の微笑を、思い出せ。
「――傍に控える悪逆を、共に誅殺した後です。殿下」




